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第4章「春」
12.淡雲ウェンズデー(4)
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「澪、ごめんね! 待たせちゃった!」
陽菜が雪山にでも行きそうな格好で手を振る。
「おーう、ちゃんとピザ頼んどいてくれたかぁ?」
荷物をいっぱい積んだ台車を押しながら、大地が陽菜の後ろからついてきていた。
「先輩! 抜け駆けはだめですからね!」
結ちゃんも小走りでやって来る。
「おいおい……これどういうこと?」
目を丸くする先生に、私はますます調子づいて腰に手を当てた。
「流星観測会! でも前に『女子生徒と泊まるなんて、ダメに決まってる』とか言ってましたよね?」
「え……ああ、そんなこと言ったっけ。って、合宿にはいったじゃないか」
「はぁ……まったく、わかってないなァ。合宿とは違うんですよっ」
「はぁ?」
「学校にお泊まり! ほらこれ、天文部の特権ですよっ」
理科室に集まり、ピザとジュースで賑やかにパーティーが始まる。
「まるで最後の晩餐みたい。あはは」
「ねえ、この校舎ともお別れか」
「あー先生、また泣いてるよ」
「ち、違う、これは感動の……」
「うおおー俺も泣けてきたー!」
「もう、アンタは泣きすぎでしょ」
辺りは日が落ちて真っ暗になったけれど、理科室から漏れる明かりと笑い声が、校庭をぽかぽかと照らし続ける。みんなで陽菜の手作りチョコケーキに舌鼓を打ちながら、卒業でも、大学合格でもない、この瞬間をただ祝った。今日という日を、みんなで過ごせる奇跡に乾杯。
ビーカーで入れた紅茶をポットに詰めて、いざ屋上へ。ブルーシートの上に断熱マットを敷き、寝袋と毛布をずらりと並べる。ごろんと横になれば、ここは世界で一番宇宙に近い特等席だ。
「あの、すごく言いにくいんだけど……」
隣に寝転がった先生が、鼻の頭をそっと掻きながら切り出した。
「なんですか、そんなにかしこまって?」
「あのさ、3月のこの時期に、大きな流星群はないぞ」
「えーっ! あれれ。マジで!? わー、どうしよ。先生なんとかして、流星降らせてくださいよ!」
「あはは、澪らしい。相変わらず、行き当たりばったりねぇ」
陽菜が肩を揺らして笑えば、後ろの大地も「ガハハッ」と大口を開けて笑った。
「澪、流れ星に『お願い、流れ星降らせて』ってお祈りするしかないんじゃない?」
「はぁ!? 意味わかんないってばー!」
毛布の中で足をばたばたさせて駄々をこねる。すると、結ちゃんが呆れ顔で私を見た。
「せんぱぁい、いつもの諦めの悪さは、どこいったんですかー」
流れ星に出会うたった一つの方法。それは、諦めないで待ち続けること。願いを叶えるたった一つの秘訣。それは、決して諦めない心を持つこと。
「その通り! さすが結ちゃん」
「おお、いいこと言うじゃん」
陽菜と大地が声を合わせて称賛すると、結ちゃんはにんまりと微笑んでこう続けた。
「きっと大丈夫。さあ、信じて待ちましょ、流れ星っ!」
気球は流れ星に似ているな――。
「――うん。そうだね」
髪を耳にかけ空を仰いだ。
月明かりが眩しくて、流れ星はちょっと見えそうもなかった。
けれど――。
流れ星が願いを叶えてくれるわけじゃない。
気球が願いを叶えてくれるわけじゃない。
宇宙の渚まで行った手紙を、神様が読んでくれるってわけでもない。
気球に込めるくらい強く願ったから、諦めなかったから、叶うんだ。
「ねぇ」
気球を上げよう。
「天文部が無くなっても、ドームが無くなって、校舎がなくなっても……」
願いを込めて。明日の宇宙に向かって――。
「私たち、また会えますよね?」
「澪」
先生は伏し目がちに、それでもとても優しく微笑んだ。長くしなやかなまつげが、頬に淡い影を落とす。名前で呼ばれるのは、今日が初めて。まるで風船の紐を力いっぱい引かれるように、私の心は先生の元へと惹き寄せられていく。
「大丈夫。未来が待ってる」
予定を入れよう。
カレンダーに大切な日をマークするみたいに。水曜日にお気に入りのシールを貼るみたいに。
明日の宇宙はまだ空欄。その真っ白なキャンバスに、2人で未来を書き込もう。
ー了ー
陽菜が雪山にでも行きそうな格好で手を振る。
「おーう、ちゃんとピザ頼んどいてくれたかぁ?」
荷物をいっぱい積んだ台車を押しながら、大地が陽菜の後ろからついてきていた。
「先輩! 抜け駆けはだめですからね!」
結ちゃんも小走りでやって来る。
「おいおい……これどういうこと?」
目を丸くする先生に、私はますます調子づいて腰に手を当てた。
「流星観測会! でも前に『女子生徒と泊まるなんて、ダメに決まってる』とか言ってましたよね?」
「え……ああ、そんなこと言ったっけ。って、合宿にはいったじゃないか」
「はぁ……まったく、わかってないなァ。合宿とは違うんですよっ」
「はぁ?」
「学校にお泊まり! ほらこれ、天文部の特権ですよっ」
理科室に集まり、ピザとジュースで賑やかにパーティーが始まる。
「まるで最後の晩餐みたい。あはは」
「ねえ、この校舎ともお別れか」
「あー先生、また泣いてるよ」
「ち、違う、これは感動の……」
「うおおー俺も泣けてきたー!」
「もう、アンタは泣きすぎでしょ」
辺りは日が落ちて真っ暗になったけれど、理科室から漏れる明かりと笑い声が、校庭をぽかぽかと照らし続ける。みんなで陽菜の手作りチョコケーキに舌鼓を打ちながら、卒業でも、大学合格でもない、この瞬間をただ祝った。今日という日を、みんなで過ごせる奇跡に乾杯。
ビーカーで入れた紅茶をポットに詰めて、いざ屋上へ。ブルーシートの上に断熱マットを敷き、寝袋と毛布をずらりと並べる。ごろんと横になれば、ここは世界で一番宇宙に近い特等席だ。
「あの、すごく言いにくいんだけど……」
隣に寝転がった先生が、鼻の頭をそっと掻きながら切り出した。
「なんですか、そんなにかしこまって?」
「あのさ、3月のこの時期に、大きな流星群はないぞ」
「えーっ! あれれ。マジで!? わー、どうしよ。先生なんとかして、流星降らせてくださいよ!」
「あはは、澪らしい。相変わらず、行き当たりばったりねぇ」
陽菜が肩を揺らして笑えば、後ろの大地も「ガハハッ」と大口を開けて笑った。
「澪、流れ星に『お願い、流れ星降らせて』ってお祈りするしかないんじゃない?」
「はぁ!? 意味わかんないってばー!」
毛布の中で足をばたばたさせて駄々をこねる。すると、結ちゃんが呆れ顔で私を見た。
「せんぱぁい、いつもの諦めの悪さは、どこいったんですかー」
流れ星に出会うたった一つの方法。それは、諦めないで待ち続けること。願いを叶えるたった一つの秘訣。それは、決して諦めない心を持つこと。
「その通り! さすが結ちゃん」
「おお、いいこと言うじゃん」
陽菜と大地が声を合わせて称賛すると、結ちゃんはにんまりと微笑んでこう続けた。
「きっと大丈夫。さあ、信じて待ちましょ、流れ星っ!」
気球は流れ星に似ているな――。
「――うん。そうだね」
髪を耳にかけ空を仰いだ。
月明かりが眩しくて、流れ星はちょっと見えそうもなかった。
けれど――。
流れ星が願いを叶えてくれるわけじゃない。
気球が願いを叶えてくれるわけじゃない。
宇宙の渚まで行った手紙を、神様が読んでくれるってわけでもない。
気球に込めるくらい強く願ったから、諦めなかったから、叶うんだ。
「ねぇ」
気球を上げよう。
「天文部が無くなっても、ドームが無くなって、校舎がなくなっても……」
願いを込めて。明日の宇宙に向かって――。
「私たち、また会えますよね?」
「澪」
先生は伏し目がちに、それでもとても優しく微笑んだ。長くしなやかなまつげが、頬に淡い影を落とす。名前で呼ばれるのは、今日が初めて。まるで風船の紐を力いっぱい引かれるように、私の心は先生の元へと惹き寄せられていく。
「大丈夫。未来が待ってる」
予定を入れよう。
カレンダーに大切な日をマークするみたいに。水曜日にお気に入りのシールを貼るみたいに。
明日の宇宙はまだ空欄。その真っ白なキャンバスに、2人で未来を書き込もう。
ー了ー
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