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第4章「春」

11.虹雲スペーストラベル(4)

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「今の高度、10キロくらいかな?」

 雲の様子から、そのぐらいだと思った。大地の腕時計で確認すると、打ち上げからここまでの飛行時間はおよそ25分。カプセルの重さとヘリウムガスの量から計算して、気球の上昇速度は毎秒6.8メートルになるように設定した。だから飛行時間から逆算しても、やっぱり現在の高度は10キロ前後のはず。

 10キローー1万メートル、か。ちょっと冷静になって考えてみると、エベレストの頂上よりもずっと高いところを飛んでるってことになる。なんの工夫もない、ただの風船がそんなところまで……すごすぎ。ほんとうに信じられない。

 想定していたよりも穏やかなジェット気流に乗って、気球はゆっくりとした速度で北東の方角へ流されていく。画面の隅に小さく見えていた海岸線が、徐々にはっきりとした姿を現してきた。

「気球、なかなか安定してますね」

 結ちゃんがまっすぐ画面を見つめたまま、感心した様子で呟く。

「そうなの。気球とカプセルをつなぐ紐の本数を増やしたんだ。1本だとカプセルが回転しちゃって、映像が見づらくなるでしょ?」

 私はちょっと得意げに説明した。

「あー、なるほど! 文化祭の時って1本だけだったんですか?」
「そうそう。あの時の私、何にも知識がなくて無謀すぎたんだよね……」

 振り返ってみれば、本当に結ちゃんには感謝してもしきれない。彼女が協力してくれなかったら、こうしてみんなで気球の映像を見られる日は来なかっただろうから。

「結ちゃん。本当にありがとうね。あなたがいてくれたから……」

 そう心の底から伝えると、彼女は少し照れくさそうに「へへっ、お礼なんて……」と頬を掻いた。
 そしてちょっと間をおいてから、急に真顔になって言った。

「困るんですよね、ほんと。霜連先輩がちゃんと幸せになってくれないと……」

 えっ? 結ちゃんの言葉の意味が分からない。キョトンとした私の顔を見て、彼女は溜息混じりに続ける。

「だって前に『クラスに羽合先生のこと本気で想ってる子がいる』って言ったじゃないですか」
「あ、うん……言ってたような……?」
「あれ、私なんです」

 ……は!? 思わず硬直する私。結ちゃんは苦笑しつつ、私の両肩にぐっと手を置いた。

「だ・か・ら、先輩。羽合先生を泣かせたりしたら、私、ガチで怒るんで。いいですねっ」

 最後はやや脅しの様相を帯びつつも、結ちゃんの瞳は真剣そのもの。私は覚悟を決めて「……うん。そうだね。分かった。約束する」と頷いた。

「よろしくお願いしますよぉ、先輩」

 満面の笑顔になった結ちゃん。一部始終を聞いていた羽合先生は、ちょっと戸惑い気味に

「まあ、それはそれとして……ほら、気球、だいぶ大きくなってない?」

 そう話題を逸らすように言って、画面を指差した。たしかに、映っている気球は、もう校舎の天文ドームよりもずっと大きく膨らんでいるように見えた。

「うわっ、気球、一気に大きくなってる!!」

 私の叫び声に、陽菜と結ちゃんも画面に釘付けになる。

「もう気球が割れるってこと!?」
「大丈夫なの? これ……?」

 不安げな声が漏れる。そんな会話に引き寄せられたのか、ラジオ部の男子や漁師さんたちもわらわらと集まってきた。みんなの視線はすぐに一点に集中する。それだけの期待と希望を背負って、気球は青空に凛々しく浮かんでいる。

 遠くの水平線には、白い雲がさざ波のように連なっている。キラキラ輝きながら、風に揺れているみたい。見渡す限りのコバルトブルーの空が、少しずつ色を変えていく。濃紺から、紺碧、そして深い群青色へ。まるで大海原に溶け込むように、空はグラデーションを描いている。

 瑠璃色――。もうたどり着いただろうか。そわそわと落ち着かない私を尻目に、気球はますます勢いを増していく。まるで「私はまだまだ行けるぞ」と言わんばかりに、カプセルを宇宙の高みへ引っ張っていく。

 藍色――。お姉ちゃんも見たかっただろうな。急に思い出して、寂しくなった。カプセルからお姉ちゃんの写真を取り出して画面にむけた。

 濃紺――。学校の空が、そのまま宇宙につながっている。気球とカプセルを繋ぐ糸を伝って見上げると、そこはもはや漆黒と言っていい。紛れもない、宇宙の色だ。

 次々と目の前に広がる息を呑むような光景の連続に圧倒されながら、私が感動の声を上げると、その声と重なるように羽合先生も叫んだ。

「「宇宙の渚!」」

 地球の重力に逆らい続けること90分。私たちが辿り着いたのは、地球と宇宙が混じり合う場所だった。
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