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第3章「冬」

9.雪雲ビターチョコレート(4)

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 「宇宙の渚」も、卒業式のジンクスも、全ては私のためだったんだ。

(それなのに私ときたら……)

 テーブルの上には、例の気球が撮影した写真が飾られている。屋上に勢揃いした理科部メンバー。卒業する3人の手には花束が。真ん中で楽しそうに手を振るお姉ちゃんの笑顔。

 もう、叫ばずにはいられなかった。

「ううああああっ! お姉ちゃん! お姉ちゃん! おねえちゃあんっ」

 込み上げる後悔に机を叩きつける。とめどなく溢れ出す大粒の涙。ずっと心を縛り付けていたお姉ちゃんの重力から、気球で逃げだそうとしていた自分が、とてつもなく恥ずかしかった――。

 手紙の片隅に、手描きのイラストが添えられている。
 お姉ちゃんと私。制服姿の2人が1つの気球にぶら下がり、楽しそうに笑っていた。同い年の姉妹なんて、もともと叶うことのないその姿が、やけに泣けた。

「ねえ陽菜、私……気球を上げたい! 宇宙の渚を、諦めきれないんだ。だってあの時、お姉ちゃんに『宇宙の渚が見たい』って言ったのは、この私だったんだから」

 そう言って袖で涙を拭い、陽菜を見つめた。私のボロボロに泣きはらした顔を見て、陽菜はニッコリと微笑んだ。

 気球を飛ばそう。

「これまで、私他人のお節介ばかりで、私自身が何をしたいのか、あんまり表に出さないように生きてきたんだ……」

 いつしか、自分の欲求を見つけ出すのも下手になっていた。

「恥ずかしいっていうか、恐れてた」

 誰かに必要とされたい。愛されたい。
 そんな気持ちを表に出してはならないと恐れ、ずっと自分を自分で縛り付けてきた。

「でも私、これから少しだけ、自分の心の声に従ってみようって決めた。気球を上げる! 宇宙の渚、絶対撮影してやるんだ!」

 まだ少し自信がない。写真のお姉ちゃんを撫でて「きっと何か、いい方法が見つかるよね……」なんて呟いていると、不意に大地が声をかけてきた。

「ああ。ぜってぇ何か方法はある。お前、諦め悪いんだろ?」
「うん! お姉ちゃん譲り!」
「ガハハッ、よし来た! 俺はさ、もう十分お前に助けられた。雨宮だって同じ気持ちのはず。だからさ、今度は俺たちに手伝わせてくれよ」

 改めて陽菜をみると、彼女は真剣な眼差しのまま頷くと、花咲くような笑顔で言った。

「澪、一緒にがんばろう!」

 二人に何かしてもらわなくていい。こうして一緒にいてくれて、見守ってくれるだけで、十分励まされる。

「ありがとう、二人とも。私、全力で頑張ってみせる」
「その意気だよ、澪!」
「もう、勝ち負けじゃない。ただお姉ちゃんに、ありがとうって、伝えたいだけ」

 天文ドームを出ると、羽合先生と月城さんが待っていた。私は我慢できずに羽合先生の元へ駆け寄り、周りの目など気にせず、抱きついた。月城さんは「わお、大胆」と微笑み、陽菜は大地後ろから手を伸ばし「はいはーい、お邪魔虫は退散でーす」と陽気に目隠しのポーズ。

 まるで私たちの新たな一歩を祝福してくれているかのように、2月最初の粉雪が優しく舞った。
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