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第3章「冬」

7.うね雲シグナリング(1)

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 2人だけの秘密というのは、どうにもくすぐったい。授業中も休み時間も、校内で先生とすれ違うたびに、周りの視線が気になって落ち着かない。そわそわと落ち着きのない私とは対照的に、羽合先生は何事もないかのように平然と振る舞っている。

 先生はこんな状況でも、本当に何も気にならないのかなーー。物理の授業中、頭に内容が入ってこず、ぼんやりと窓の外を眺めていると、
「おい、霜連! 話を聞いていたのか?」
 と教壇から羽合先生の声が飛んできた。

「え? は、はい! まだ誰にも話してません!」

 慌てて立ち上がり、大声で答えてしまった。

「は? 何の話だ?」

 羽合先生はキョトンとした表情で尋ねる。すぐに周りの生徒たちからはクスクスと笑い声が上がった。私はようやく自分の発言がおかしかったことに気づき

「ち、違うんです! 別に何も!」

 と慌てて手を振って訂正した。羽合先生は呆れたように肩をすくめ、「おいおい、落ち着けって」と苦笑していた。恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうだった。

 廊下ですれ違う度に、挨拶どころか視線を合わせることさえできなかった。普段と変わらない態度でいればいいのに、とでも言いたげに羽合先生が微笑みかけてきても、私は無愛想な表情を作るだけだ。心の中では言いようのないもどかしさを感じていた。

 理由もなく話しかけるのも変だが、かといって完全に無視するのも不自然。階段の踊り場で偶然出くわしたときも「先生、また後でね」と目だけで合図を送り、いつにも増して素っ気ない態度で立ち去るしかなかった。

 そんな変化に、陽菜は気づいていたようだった。ある日の放課後、私が理科室で一人気球の準備をしていると、陽菜が近づいてきて耳打ちした。

「ねえ澪。羽合先生とうまくいったんだね?」

 私は瞬時にその意味を理解し、観念したとばかりに深くうなずいた。どうせ陽菜には隠し通せない。

「そっか…………本当に良かった。澪が後夜祭に来なかったから、ずっと心配してたんだよ」

 そう言って陽菜はホッとしたように微笑んだ。
 実のところ、陽菜だけには秘密を打ち明けようと決めていたのだ。もう少し時間が経ってからと考えていたが、この秘密を一人で抱え込むのはあまりに重すぎた。

 親友に話せたことで、胸の内も少し軽くなった気がする。それでも、なぜだかまだ恥ずかしくて、陽菜の瞳をまっすぐ見ることができない。

「えへへ。陽菜のほうこそ、どうだったの? 大地とは、その、どんな感じ?」

 実は後夜祭のフォークダンスで、大地と陽菜を引き合わせるよう頑張ったのだ。少し余計なお世話だったかもしれない。

「あのね、実は…………」

 陽菜は少し困ったように続けた。

「後夜祭で、理科部の後輩くんから告白されちゃって……」
「まじか」

 驚いた。何が起きるか分からないから、後夜祭は「魔物が住み着いている」なんて噂されているが、まさかこんなことになるとは。とはいえ、陽菜は背が高くスタイル抜群、明るくさっぱりとした性格で勉強もスポーツも得意な文武両道の美少女だ。理科部の男子にも陽菜の良さがわかってしまうのは時間の問題だったのかもしれない。

「それでね、風間くんに相談したんだけど……」
「え、大地に!?」

 さすがにその選択には驚いた。確かに大地はこういうとき頼りになるのかもしれないが、よりによって、なぜ恋愛相談をしたのかーーいや、案外それが最善の相談相手なのかもしれない。

「そしたら『俺に聞くな』って、むっとした顔で怒られちゃって……」
「うーん、まあ、そうなるよね……」

 大地の立場を想像すると、複雑な心境だろうと分かる。陽菜はどこまで気づいているのだろうか。それでも、理科部の部長と副部長として親しい間柄なので、相談相手に選んだこと自体は的外れではないのかもしれない。

(もしかして、陽菜は大地に止めてもらいたかったのかな……?)

 そんなことを考えているうちに、陽菜はそっと立ち上がった。

「ごめんね、澪。こんなこと相談して。結局これは私の問題だし、今回は自分で向き合ってみるよ」

 そう言い残し、陽菜は小さく手を振って理科室を後にした。私は我に返り、慌てて「頑張ってね!」と声をかけたが、陽菜の背中はもう遠くに見えた。

(陽菜、ちゃんと自分の気持ちと向き合おうとしてるんだね)

 親友の成長を感じ、頼もしく思った。同時に、自分のことを棚に上げている自覚もあった。
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