風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき

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第2章「秋」

5.すじ雲サスペンス(1)

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 天文ドームのすぐ下の階には、2つの理科室が並んでいる。理科部のメイン拠点である第1理科室と、私が所属する天文部の第2理科室。その間にある準備室を挟んで、2つの部屋は鏡写しのように配置されている。部屋のレイアウトは全く同じだ。

 もうすぐ文化祭だというのに、理科部の面々は大忙し。みんなで協力して準備を進めている。一方、天文部の部室はというと……ひとりぼっちの私。シーンとした静けさが漂っている。

 私は黙々と作業をこなしていく。文化祭のチラシが上がってきたから、誤字脱字がないかチェック。当日のメインイベントで観察する天体を吟味したり。こういう地道な作業は、一人で集中してやるのが一番はかどるんだよね。ふぅ、ひと段落ついたところで窓の外をぼんやり眺めていたら、大地が現れた。

「よぉ、澪。ぼっち天文部は順調に準備進んでる?」
「んー? あ、大地じゃん。どうしたの?」
「なんだとはなんだじゃないよ。心配して来てやったというのに」

 大地が不満げに腕を組む。その後ろから、陽菜がひょこっと顔を出した。

「そうよ、澪。『当日になんとかなるでしょ』なんて考えてない?」

 陽菜も同じように腕を組んで、私を見つめる。

「えっ」

 陽菜の勘の鋭さに驚く。確かに私、ドームの見学会は当日の思いつきでどうにかなるって高をくくってた。いつものパターン。計画なしのいきあたりばったり。……わかってるって。だいたい、テスト飛行の方がよっぽど急を要することなのに。

「ところで羽合先生は? 今日は一緒じゃないの?」

 と陽菜が聞く。

「いや、今日は……」

 即答しかけて、なんだか急に恥ずかしくなった。

「もう、こんな大事な時期にどこ行ってるのかなぁ、先生ったら!」

 照れ隠しに笑顔を作ってみせる。

「準備室にもいなかったわ。どこの教室も文化祭の準備で大忙しだもんね。担任のクラスにずっとついててあげてるんじゃない?」
「そうかもね」

 私が気球とカプセルをつなぐワイヤーの選定に悩んでいると打ち明けると、大地が首をかしげた。

「たこ糸とかでいけるんじゃない?」

 はぁ、そんなの私だって考えたわ。って顔をしてみせる。

「たぶんそれじゃ、ねじ切れちゃうと思う。あの動画見た? ほら、カプセルがぐるぐる回ってたじゃん」
「あ、確かに。そんな激しい動きには耐えられないか」

 陽菜が素早く指を立てた。

「じゃあ金属製のワイヤーとかは?」
「うーん、確かに強度は十分そうだけど、今度は重すぎるっていう問題が……。やっぱもっと軽い素材じゃないとダメかも」
「そっか。やっぱり重いのは良くないよね」

 と陽菜も同意する。

「針金みたいな強度で、たこ糸より軽い素材……。そんな都合のいいものあるのかなぁ」
「そんな都合のいいもの、あるわけないだろ!」

 呆れたように大地が言う。私は手書きのメモを彼に渡した。そこにはカプセルの重量、風船の大きさ、ヘリウムガスによる浮力など、必要な情報が細かく書き込んである。これさえあれば、求める強度は割と簡単に計算できるんだ。メモを覗き込んだ陽菜も感心したように「へぇ~」と声を上げた。

 ふと、長い髪を耳にかけて考え込む陽菜の姿を見て、あることを思い出した。

「そういえばさ、陽菜って弓道部と兼部してるんだったよね。弓の弦って何でできてるの?」
「ーーえ? そういえば気にしたことなかった……。確か『合成弦』だから合成繊維でできてるのかしら?」
「強そう! いい感じじゃない?」
「でも、あんまり長いのは売ってないわよ?」

 陽菜の指摘ももっともだ。この案は、たこ糸よりは良さそうだけど、まだ決定打とは言えない。それに羽合先生から『低温での強度も考慮するように』って言われてたっけ。

 文化祭では、せいぜい50メートルの高さまでしか上昇しないけど、将来の本番実験じゃ高度30キロを目指すんだ。そんな上空だと、気温はなんとマイナス50度以下になるのだそうだ。もしかしたら、ワイヤーが低温で固くなっちゃって、飛行中に切れてしまうかも……。

「理科部に詳しそうな奴がいるから、ちょっと聞いてみるよ」と大地が言ってくれた。「サンキュー」と応じたけど、やっぱり不安は拭えない。
 低温下でも柔軟性と強度を保ち、それでいて軽量。しかも長いサイズで販売されているなんて……。そんな都合のいい素材、本当に存在するのかな。考えれば考えるほど、自信が揺らいでいく。

「よし、今日はドームの大掃除もしなくちゃ。このままじゃお客さんに失礼だもんね」

 私は伸びをしながら立ち上がった。すると陽菜と大地も一緒に立ち上がる。

「あ、2人はいいよ。2人とも理科部のほうも、まだ準備あるでしょう?」

 一応、部長と副部長の2人。こんなところで油を売ってる余裕はないはずだ。

「そうか? ま、力仕事とか必要だったら、いつでも言ってくれ。今日はみんな6時くらいまでは居るから」

 見かけによらず親切な大地。

「いつも、サンキュ」と目を細めて笑顔を見せ、理科室を出ようとすると、
「あ、そうだ、澪!」

 大地が手を振って呼び止めた。

「先週頼んだアレ、まだ用意できてない?」
「えっと……ごめん、アレって何だっけ?」
「過去問! 中間テストの! 天文部は先輩方から代々受け継がれてるって、おまえ言ってたじゃん」
「ああっ、すっかり忘れてた! ごめんごめん。探しとく。うん、今度こそちゃんと探すから!」

 ……って言いつつ、そもそも探すって約束したこと自体を忘れてたような。

「よっしゃ、頼んだぞ!」

 そう言い残して大地たちとは別れ、一人で天文ドームに向かった。
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