私と玉彦の六隠廻り

清水 律

文字の大きさ
上 下
42 / 51
第六章 じゅけん

しおりを挟む

「お父様!」

 バンと車のドアを閉める音が聞こえたかと思えば、桜色の着物の小百合さんが車外に飛び出してしまった。
 そして戦いの場を横切るようによたよたと。

「何やってんのよ!」

 思わず私は小百合さん目掛けて走り出す。
 怪我をする、ってゆうか邪魔になるじゃないの!
 追いついて帯を引っ張れば、そこは戦場ど真ん中。
 宗祐さんの真後ろだった。

 両面宿儺の腐った異臭が鼻をつく。
 へたり込んでしまった小百合さんの帯を引っ張っても、びくともしない。

「這ってでも動け!」

 小百合さんに激を飛ばしてみるものの、恐怖で身が竦み動けないでいる。
 どうしよう。
 後ろにいる私たちに気付いた宗祐さんは、そこから動けないでいる。
 せめて両面宿儺が違う方向に移動すれば。

「あぁ! もう!」

 私は宗祐さんに狙いを定めていた両面宿儺の気を引くように、彼の背後から飛び出し隠の真横を駆け抜ける。
 こちらに目を向けろ!
 両面宿儺の左腕が通り過ぎる私を捕まえようと伸ばされ、上半身が捻られる。
 私はそこから直角に曲がり敷石の陰に滑り込んだ。
 両面宿儺は先ほどの場所から数メートルこちらへ移動して、再び四人に足止めをされる。
 その隙に後藤さんと香本さんが小百合さんを抱えるようにして車の陰に移動したのを確認。
 ほっと胸を撫で下ろしたけど、これでは後藤さんと私の位置が入れ替わっただけである。

 敷石を背に息を調える。
 川の流れが目に入り、月明かりが水面を照らす。
 こちらの喧騒など関係なく穏やかな流れだ。
 するとまた向こう岸に蔵人が現れ、今度はこちらへと向かってくる。
 川に入り、一歩一歩確実に私を目指して。

「たっ……!」

 駄目だ。
 今、玉彦を呼ぶわけにはいかない。
 玉彦がこちらに気が向いてしまえば、均衡が崩れる。
 てゆーか、どうして正武家へ腕を取りに行ってないのよ、こいつ。
 待ちぼうけしている三人を思い、こんな状況なのに笑えてきた。
 私は意を決して鬼の敷石の陰から車目掛けて走る。
 蔵人に捕まるよりは、両面宿儺の脅威に晒される方がましだ。
 玉彦たちのところを迂回し走り込めば、さっき香本さんの時は大丈夫だったのに、なぜか私の時には両面宿儺がこちらに反応し、寄ってくる。

 嘘でしょ!?

 両面宿儺が進む先に私が居ると分かった玉彦と南天さんは後を追い掛け阻止をする。
 けれどそれは私から見て背後の方で、こちらへ向かおうとする片面は歩みを止めない。
 奇妙に長い腕がこちらを掴もうと伸ばされ、私は目を固く閉じた。

 助けて、神様!




「厚揚げ一枚より、薄目の油揚げ十枚」




 そんな訳のわからないことを呟き登場したのは御倉神。
 彼は私と両面宿儺の間に立ち、鉄扇で腕をはじき返した。
 確かに神様とは思ったけど、本当に出てくるとは。

「わたしはただ護るだけ。無駄な争いは好まぬ」

 御倉神は相手が攻撃してこない限り、こちらからは仕掛けないという。
 それでもムキになって私を狙い続ける片面の攻撃をこちらで引き受けることが出来る。
 その内に反対側で腕の一本落とせれば。
 御倉神の鉄扇はいとも簡単に隠の腕を弾く。
 多分切り落とそうと思えば可能なはずで、それをしないのは護りの範疇ではないから。

「参る!」

 玉彦の緊迫する声が響き、片面の両面宿儺が膝を折ればこちら側は背を仰け反らせ体勢を崩した。

「走れ、乙女」

 背中を押され、私は香本さんの下へ駆ける。
 香本さんは車の陰から飛び出し、玉彦から投げられた隠の腕を飛び上がってキャッチした。

「上守さん!」

 私は彼女の前に倒れ込み、踝をだしてうつ伏せになった。
 ここに痛みを堪えさせてくれる彼はいない。
 自力で我慢して、耐えるしかない。
 なんだって私ばかりがこんな目に!

「ふざけんなー! 馬鹿ー!」

 草むらの雑草を両手で握り締め、地面に向かって力の限り叫ぶ。
 そうすると少しだけ灼熱の痛みが弱まる、感じがする。
 でも痛いのには変わりはない。

「終わったよ、上守さん! すぐに次が来るかもしれない!」

 涙をボロボロ落として玉彦の方を見れば、片腕を落とされた両面宿儺は腕を押さえうずくまり、もう片方は仰向けになり両手足をじたばたさせている。
 そこに宗祐さんと南天さんが腕を押さえこみ、玉彦が太刀を振り下ろす。
 血飛沫と共に落とされた腕を須藤くんのお母さんが抱えてこちらへ来る。

「上守さん、もう一回!」

 私はさっきの体勢のまま頷き、今度は無言で我慢した。
 これが最後の一枚。
 痛い痛い熱い!
 もう次から石段に座るときには絶対に安全か確かめてやる!!
 こんちくしょー!
 なんだって私ばっかりこんな目に遭ってんだー!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

処理中です...