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第六章 じゅけん
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しおりを挟む「お父様!」
バンと車のドアを閉める音が聞こえたかと思えば、桜色の着物の小百合さんが車外に飛び出してしまった。
そして戦いの場を横切るようによたよたと。
「何やってんのよ!」
思わず私は小百合さん目掛けて走り出す。
怪我をする、ってゆうか邪魔になるじゃないの!
追いついて帯を引っ張れば、そこは戦場ど真ん中。
宗祐さんの真後ろだった。
両面宿儺の腐った異臭が鼻をつく。
へたり込んでしまった小百合さんの帯を引っ張っても、びくともしない。
「這ってでも動け!」
小百合さんに激を飛ばしてみるものの、恐怖で身が竦み動けないでいる。
どうしよう。
後ろにいる私たちに気付いた宗祐さんは、そこから動けないでいる。
せめて両面宿儺が違う方向に移動すれば。
「あぁ! もう!」
私は宗祐さんに狙いを定めていた両面宿儺の気を引くように、彼の背後から飛び出し隠の真横を駆け抜ける。
こちらに目を向けろ!
両面宿儺の左腕が通り過ぎる私を捕まえようと伸ばされ、上半身が捻られる。
私はそこから直角に曲がり敷石の陰に滑り込んだ。
両面宿儺は先ほどの場所から数メートルこちらへ移動して、再び四人に足止めをされる。
その隙に後藤さんと香本さんが小百合さんを抱えるようにして車の陰に移動したのを確認。
ほっと胸を撫で下ろしたけど、これでは後藤さんと私の位置が入れ替わっただけである。
敷石を背に息を調える。
川の流れが目に入り、月明かりが水面を照らす。
こちらの喧騒など関係なく穏やかな流れだ。
するとまた向こう岸に蔵人が現れ、今度はこちらへと向かってくる。
川に入り、一歩一歩確実に私を目指して。
「たっ……!」
駄目だ。
今、玉彦を呼ぶわけにはいかない。
玉彦がこちらに気が向いてしまえば、均衡が崩れる。
てゆーか、どうして正武家へ腕を取りに行ってないのよ、こいつ。
待ちぼうけしている三人を思い、こんな状況なのに笑えてきた。
私は意を決して鬼の敷石の陰から車目掛けて走る。
蔵人に捕まるよりは、両面宿儺の脅威に晒される方がましだ。
玉彦たちのところを迂回し走り込めば、さっき香本さんの時は大丈夫だったのに、なぜか私の時には両面宿儺がこちらに反応し、寄ってくる。
嘘でしょ!?
両面宿儺が進む先に私が居ると分かった玉彦と南天さんは後を追い掛け阻止をする。
けれどそれは私から見て背後の方で、こちらへ向かおうとする片面は歩みを止めない。
奇妙に長い腕がこちらを掴もうと伸ばされ、私は目を固く閉じた。
助けて、神様!
「厚揚げ一枚より、薄目の油揚げ十枚」
そんな訳のわからないことを呟き登場したのは御倉神。
彼は私と両面宿儺の間に立ち、鉄扇で腕をはじき返した。
確かに神様とは思ったけど、本当に出てくるとは。
「わたしはただ護るだけ。無駄な争いは好まぬ」
御倉神は相手が攻撃してこない限り、こちらからは仕掛けないという。
それでもムキになって私を狙い続ける片面の攻撃をこちらで引き受けることが出来る。
その内に反対側で腕の一本落とせれば。
御倉神の鉄扇はいとも簡単に隠の腕を弾く。
多分切り落とそうと思えば可能なはずで、それをしないのは護りの範疇ではないから。
「参る!」
玉彦の緊迫する声が響き、片面の両面宿儺が膝を折ればこちら側は背を仰け反らせ体勢を崩した。
「走れ、乙女」
背中を押され、私は香本さんの下へ駆ける。
香本さんは車の陰から飛び出し、玉彦から投げられた隠の腕を飛び上がってキャッチした。
「上守さん!」
私は彼女の前に倒れ込み、踝をだしてうつ伏せになった。
ここに痛みを堪えさせてくれる彼はいない。
自力で我慢して、耐えるしかない。
なんだって私ばかりがこんな目に!
「ふざけんなー! 馬鹿ー!」
草むらの雑草を両手で握り締め、地面に向かって力の限り叫ぶ。
そうすると少しだけ灼熱の痛みが弱まる、感じがする。
でも痛いのには変わりはない。
「終わったよ、上守さん! すぐに次が来るかもしれない!」
涙をボロボロ落として玉彦の方を見れば、片腕を落とされた両面宿儺は腕を押さえうずくまり、もう片方は仰向けになり両手足をじたばたさせている。
そこに宗祐さんと南天さんが腕を押さえこみ、玉彦が太刀を振り下ろす。
血飛沫と共に落とされた腕を須藤くんのお母さんが抱えてこちらへ来る。
「上守さん、もう一回!」
私はさっきの体勢のまま頷き、今度は無言で我慢した。
これが最後の一枚。
痛い痛い熱い!
もう次から石段に座るときには絶対に安全か確かめてやる!!
こんちくしょー!
なんだって私ばっかりこんな目に遭ってんだー!
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