私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第六章 じゅけん

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「どうだった?」
 
 息を弾ませて教室にやって来た玉彦は部活に出ていたらしく、袴姿だった。
 私は机に突っ伏したまま、手を振る。
 もう、現国に完敗だった。
 だってあんなの、先生の考え一つだもん。

「そうか……。頑張ったな」

 彼はそれ以上何も言わずに、私のカバンを持って腕を引く。
 それが何とも惨めだった。
 まだ罵倒してくれた方が良い。
 そうすれば開き直れるから。

 連れられて弓道場に行けば、そこには豹馬くんと須藤くんが帰り支度を始めている。
 私がおずおずと覗き込むと気がついた須藤くんが手を振ってくれる。
 須藤くんは長い髪を無造作に結い上げ、うなじが何とも色っぽい。

「帰り支度をしてくるから、そこで待て」

 頷いて壁にもたれ掛る。
 するとあまり聞きたくない女の子の声。
 あぁ彼女もここだったのか。
 玉彦と同じ袴姿の女の子たちが私の前を通り過ぎ、そのまま行ってくれればいいものを戻って来る。

「ちょ、比和子じゃん。なんでこんなとこに」

 私の前に現れたのは、あの夏以来会うことのなかった鰉(ひがい)那奈だった。
 彼女はあれからスラリと背が伸びて、亜由美ちゃんほどではないにしても可愛くなっている。

「あー、久しぶりだね。玉彦待ってるんだ」

「比和子、来るの遅いわ! あんた何やってたのよ。あの小百合ってやつ、知ってんの!?」

 思いがけない那奈の言葉に、呆気に取られた。
 だって彼女は玉彦のことが好きで、私にライバル心を抱いていたから。

「知ってる。もうお引取りいただいたよ」

「じゃあアイツ、新学期から来ないわけ?」

「そこまでは知らない」

「そっか、そうだよね。お祭りん時に玉様とあんたの婚約話が噂になってたから大丈夫だとは思ってたけど。うちの高校来んの?」

「うん。今日試験受けた」

「同じクラスになれると良いね」

「え?」

 那奈は気まずそうに、瞼を伏せた。

「ほんとはさ、仲直りしたかったんだけど。あんたすぐに居なくなっちゃったし、謝れなくて。連絡先知らないし、もやもやしてたんだ。ほんと、あの時はごめん!」

 那奈はポニーテールを揺らして謝る。

「私、気にしてないよ。だから謝んなくていいよ」

 この気持ちは本当だ。
 私の中ではもう昇華されている。
 あんな四年前のことなんて、些細な問題だ。

「ほんとに?」

 頷けば那奈が抱き付いて来る。
 私ってば結構誰かにハグされる率が高い気がする。

「何をしている」

 不機嫌そうな玉彦の声が響けば、那奈が身体を離した。

「何よ、玉様。女同士だしいいじゃん。あっ、須藤。今帰るの? 一緒に帰ろうよ」

 那奈は玉彦をスルーしてその後ろにいた須藤くんに駆け寄った。
 わかりやす過ぎる。
 彼女の標的は須藤くんにシフトしたのか。

「何か言われたのか」

「女同士の話だから」

「問題がなければそれでいい」

 玉彦って澄彦さん譲りの過保護だと思われ。

 その後私たちは南天さんのお迎えを待って、学校を後にした。
 豹馬くんたちは自転車で帰るそうで、ちゃっかり那奈も後ろで手を振っていた。
 鈴白までのあの距離を自転車で帰るのか。
 私もそうなるのかと思い隣を見れば、何を勘違いしたのか玉彦は自分が汗臭いのかと襟元の臭いを確かめていた。


 帰り道。

 南天さんに車を停めてもらい、私と玉彦は六隠廻り最後の藍染村の鬼の敷石を訪れた。
 川を背にして立っている。
 鬼の敷石の高さは封じられている隠と同じ高さ。
 玉彦よりも十センチくらい高い石が二つ、印と同じ紋様を刻んでいた。

「どう思う?」

 聞かれて敷石を見上げて考える。
 敷石はやはり二つあった。これは中に隠が二人いるということ。
 そして同じ高さ。もしかして双子かもしれない。

 私の考察を伝えれば、彼は頷き敷石に右手を翳した。

「恐らく双子。しかしただの双子ではない」

「どういうこと?」

「この石は一つの石から切り出されている。そして」

 翳していた右手を石と石との間へ滑らせた。

「石は完全に切り離されてはいない」

「繋がってるってこと!?」

「元は別々であったが、呪により隠へと変化した際にそうなってしまったかもしれぬ」

 想像する。
 手と手。足と足。頭。背中。
 どちらにしても私たちの用があるのは、彼らの爪。
 印の花弁は二枚だから、それぞれから剥ぎ取らなくてはならない。
 でも片方を攻めれば、もう片方の反撃にあうだろうし、最低でもこちらには三人必要だ。
 この時点でもう話し合いでという考えはしていない。
 女型の隠は最初こそ会話が成立したが、何かが切っ掛けで油断しているこちらを襲ってくるかもしれない。

 夏の終わりの冷たい風が私たちを吹き上げた。
 瞬きをした刹那に鬼の敷石の裏手に流れる川向こうに、蔵人が姿を現した。
 澄彦さんに切り落とされた左側の袖が揺れている。
 彼もまた私の印が剥がされるのを待っていた。
 玉彦が私の肩を抱き寄せ、掴む手に力が籠る。
 私は手を重ねて、もう鈴白の君にはならないと強く握った。

 同情する。でも情けは掛けられない。
 だって私は私。鈴白の君ではないし、玉彦が隣にいる。
 決意を持って蔵人を見つめれば悲しそうに笑って、草むらの向こうへと姿を消した。

「六隠廻りが終わろうとも、奴を封じねば正武家のお役目は終わらぬ」

「そうだね……」

 はたしてそれは一体いつになるのか。
 誰にもわからなかった。

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