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第四章 こんやく
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しおりを挟む翌朝。
私があれだけ騒がしくしたくないと言っていたにもかかわらず、正武家には人が溢れていた。
今夜始まるお祭りのせいではない。
澄彦さんが一応お祖父ちゃんには話をしておいた方が良いと言って、朝餉の後ウキウキして消えたのを引き留めておけばよかった。
正に後悔は後からするものだ。
玉彦と私は惣領の間で、慌ただしく正装に着替えている。
といっても、玉彦はいつもの白い着物だし、私も同じような物。
本殿へは華美な装いでは行かないのが通例と、巫女姿の竹婆が私の帯をきつくしめながら教えてくれた。
着付も自分で出来るように覚えなきゃだな……。
「ではゆくか」
「うん。じゃなくって、はい」
差し出された手に軽く自分の手を重ねる。
惣領の間から廊下に出れば、誰も居らず、集まっていた人たちは皆、正武家の裏手、本殿の前に敷かれた赤い敷布に座り、頭を下げていた。
澄彦さんは本殿の門扉の前におり、私たちが中へ入った後、その扉の前で座り待つらしい。
そんな仰々しい中を私たちは進み、本殿へと足を踏み入れた。
本殿の中はあの頃のまま。
祭壇の前に進み、玉彦が祝詞をあげる。
朗々と澄み渡る声。
聞き惚れていると、背後に一つまた一つと気配が増えていく。
妖しいものではなく、背筋が正される気配。
産土神を始めとする神様たちであることは明明白白だった。
玉彦の声が止み、辺りは静寂に包まれる。
二人で振り返るとそこには、左右に分かれ白く鈍く光る人型の何か、多分神様たちが壁際に沿って座っている。
彼には視えていないのか、特に反応はない。
すると本殿の扉は閉められているのに、一陣の風が巻き起こり、その中心に御倉神が姿を表す。
少し、いやかなり不機嫌そうだ。
「乙女。わたしがそなたの護りを司る。これより正武家玉彦の伴侶とし、共に歩むがよい」
「ありがとうございます」
「比和子?」
そっと手に触れれば、玉彦の目にも御倉神や神々たちが写ったらしく、身体が強張るのが伝わる。
「御倉神が護ってくれるって」
「そうか。命は賜ったか?」
頷いて玉彦と微笑み合えば、御倉神は私たちの背中を押して本殿から送り出す。
玉彦は私の手を取り、一度深く礼をして本殿を出た。
そして本殿前の廊下に赤く装飾された椅子が二脚用意されていて、そこに腰を下ろす。
階下には参列していた人々が並び、お祝いの言葉を捧げていく。
本殿内にいるよりも、この儀式の方が長くてうんざりしてきた頃。
私たちの前に、後藤さんが進み出てくる。
苦々しい顔をしつつも、建前上のお祝いを言って下がる。
まぁみんながみんな、喜んでくれるってないよね。
そして最後に私たちの前に現れたのは、見たことのない男の人。
澄彦さんと同じ年くらいのその人は、私を見上げると悲しそうな顔をする。
服装は少し煤けた藍色の着流し。
眉間に深くしわが刻まれ、精悍な濃い顔立ち。
辺りを見れば、みな立ち上がり、帰り支度をする人や雑談したりしている。
まだ、この人の番が終わっていないのに?
隣の玉彦も立ち上がろうとしたので、思わず袖を掴んだ。
「待って、玉彦。まだ、終わってないよ」
中腰で前を見る玉彦は、少しだけ表情を変えて座り直す。
その人は玉彦など眼中にないようで、私だけを見つめて話しかけてくる。
「貴女は私と共に在るべきだと印を残したのに」
そう言って私の踝を指差す。
もしかして、この人って。
「なぜ拒むのです。あのとき、約束をしたのに」
玉彦の冷ややかな視線に、私は首を振った。
いや、年の差を考えてよ。
その前に、ようやく私が玉彦の惚稀人として共にって認められたのに、舌の根も乾かないうちに浮気とか有り得ないでしょ。
「私が自由の身になったなら、ともにゆくと約束したではないか『鈴白の君』」
何か、壮大な人違いをされている。
私は上守比和子だ。
それにこの人は、人じゃない。
隠だ。
その証拠に、こめかみのあたりから小さな角が見える。
正武家の石段から、抜け出した隠。
「ここにいる者は、鈴白の君ではない。お主が封じられてから何百年経ったと思っている」
玉彦は冷静にそう告げると片手を上げて、下に控えていた南天さんと宗祐さんに合図を送った。
私たちが移動しないので、訝しんだ宗祐さんが南天さんを呼び、彼の存在に気付いたみたい。
南天さんって、御倉神も視えていたし、そういう力があるんだろう。豹馬くんも。
本殿前にいた人々は移動を指示され、残されたのは私たちと澄彦さん。
それに集まっていた数人の御門森の面々だった。
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