私と玉彦の六隠廻り

清水 律

文字の大きさ
上 下
26 / 51
第四章 こんやく

しおりを挟む

 翌朝。

 私があれだけ騒がしくしたくないと言っていたにもかかわらず、正武家には人が溢れていた。
 今夜始まるお祭りのせいではない。
 澄彦さんが一応お祖父ちゃんには話をしておいた方が良いと言って、朝餉の後ウキウキして消えたのを引き留めておけばよかった。
 正に後悔は後からするものだ。

 玉彦と私は惣領の間で、慌ただしく正装に着替えている。
 といっても、玉彦はいつもの白い着物だし、私も同じような物。
 本殿へは華美な装いでは行かないのが通例と、巫女姿の竹婆が私の帯をきつくしめながら教えてくれた。
 着付も自分で出来るように覚えなきゃだな……。

「ではゆくか」

「うん。じゃなくって、はい」

 差し出された手に軽く自分の手を重ねる。
 惣領の間から廊下に出れば、誰も居らず、集まっていた人たちは皆、正武家の裏手、本殿の前に敷かれた赤い敷布に座り、頭を下げていた。
 澄彦さんは本殿の門扉の前におり、私たちが中へ入った後、その扉の前で座り待つらしい。

 そんな仰々しい中を私たちは進み、本殿へと足を踏み入れた。

 本殿の中はあの頃のまま。

 祭壇の前に進み、玉彦が祝詞をあげる。
 朗々と澄み渡る声。
 聞き惚れていると、背後に一つまた一つと気配が増えていく。
 妖しいものではなく、背筋が正される気配。
 産土神を始めとする神様たちであることは明明白白だった。

 玉彦の声が止み、辺りは静寂に包まれる。
 二人で振り返るとそこには、左右に分かれ白く鈍く光る人型の何か、多分神様たちが壁際に沿って座っている。
 彼には視えていないのか、特に反応はない。
 すると本殿の扉は閉められているのに、一陣の風が巻き起こり、その中心に御倉神が姿を表す。
 少し、いやかなり不機嫌そうだ。

「乙女。わたしがそなたの護りを司る。これより正武家玉彦の伴侶とし、共に歩むがよい」

「ありがとうございます」

「比和子?」

 そっと手に触れれば、玉彦の目にも御倉神や神々たちが写ったらしく、身体が強張るのが伝わる。

「御倉神が護ってくれるって」

「そうか。命は賜ったか?」

 頷いて玉彦と微笑み合えば、御倉神は私たちの背中を押して本殿から送り出す。
 玉彦は私の手を取り、一度深く礼をして本殿を出た。
 そして本殿前の廊下に赤く装飾された椅子が二脚用意されていて、そこに腰を下ろす。
 階下には参列していた人々が並び、お祝いの言葉を捧げていく。
 本殿内にいるよりも、この儀式の方が長くてうんざりしてきた頃。
 私たちの前に、後藤さんが進み出てくる。
 苦々しい顔をしつつも、建前上のお祝いを言って下がる。
 まぁみんながみんな、喜んでくれるってないよね。

 そして最後に私たちの前に現れたのは、見たことのない男の人。
 澄彦さんと同じ年くらいのその人は、私を見上げると悲しそうな顔をする。
 服装は少し煤けた藍色の着流し。
 眉間に深くしわが刻まれ、精悍な濃い顔立ち。
 辺りを見れば、みな立ち上がり、帰り支度をする人や雑談したりしている。
 まだ、この人の番が終わっていないのに?
 隣の玉彦も立ち上がろうとしたので、思わず袖を掴んだ。

「待って、玉彦。まだ、終わってないよ」

 中腰で前を見る玉彦は、少しだけ表情を変えて座り直す。
 その人は玉彦など眼中にないようで、私だけを見つめて話しかけてくる。

「貴女は私と共に在るべきだと印を残したのに」

 そう言って私の踝を指差す。
 もしかして、この人って。

「なぜ拒むのです。あのとき、約束をしたのに」

 玉彦の冷ややかな視線に、私は首を振った。
 いや、年の差を考えてよ。
 その前に、ようやく私が玉彦の惚稀人として共にって認められたのに、舌の根も乾かないうちに浮気とか有り得ないでしょ。

「私が自由の身になったなら、ともにゆくと約束したではないか『鈴白の君』」

 何か、壮大な人違いをされている。
 私は上守比和子だ。
 それにこの人は、人じゃない。

 隠だ。

 その証拠に、こめかみのあたりから小さな角が見える。
 正武家の石段から、抜け出した隠。

「ここにいる者は、鈴白の君ではない。お主が封じられてから何百年経ったと思っている」

 玉彦は冷静にそう告げると片手を上げて、下に控えていた南天さんと宗祐さんに合図を送った。
 私たちが移動しないので、訝しんだ宗祐さんが南天さんを呼び、彼の存在に気付いたみたい。
 南天さんって、御倉神も視えていたし、そういう力があるんだろう。豹馬くんも。

 本殿前にいた人々は移動を指示され、残されたのは私たちと澄彦さん。
 それに集まっていた数人の御門森の面々だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

プチエトワールの灯る夜

つむぎ
ライト文芸
庭付きアパート「プチエトワール」に集まるのは、20代の女性6人。それぞれの部屋で暮らしながら、共有スペースで料理やボードゲームを楽しむ特別な時間を過ごしている。仕事や日々の忙しさから解放される夜、繰り広げられるのは笑いとほんのり温かな絆の物語。心がふっと軽くなる、日常系ストーリー。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

今日も青空、イルカ日和

鏡野ゆう
ライト文芸
浜路るいは航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスの整備小隊の整備員。そんな彼女が色々な意味で少しだけ気になっているのは着隊一年足らずのドルフィンライダー(予定)白勢一等空尉。そしてどうやら彼は彼女が整備している機体に乗ることになりそうで……? 空を泳ぐイルカ達と、ドルフィンライダーとドルフィンキーパーの恋の小話。 【本編】+【小話】+【小ネタ】 ※第1回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※ こちらには ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/999154031 ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『ウィングマンのキルコール』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/972154025 饕餮さん作『私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/812151114 白い黒猫さん作『イルカフェ今日も営業中』 https://ncode.syosetu.com/n7277er/ に出てくる人物が少しだけ顔を出します。それぞれ許可をいただいています。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...