24 / 51
第四章 こんやく
1
しおりを挟む鈴白村のお祭りは、三日間行われる。
宵の宮と呼ばれる夕方から、昼夜を問わず神社の敷地内で三日三晩続く。
大人も子供も余程のことがない限りこのお祭りに参加し、期間中は村の家が留守宅が増えるので、私は泥棒が入るんじゃないかと中一の時にお祖父ちゃんに聞けば、そんなことをすれば泥棒に神様から罰が当たると笑っていた。
明日にお祭り初日と自分の誕生日を控えて、私は澄彦さんと当主の間で向かい合っていた。
この場には二人しかいない。
玉彦はお祭りの準備に豹馬くんと出かけ、付き人の宗祐さんと南天さんは澄彦さんが人払いしたために、当主の間がある離れには私たち以外に誰も居ない。
「それで、話と云うのは何かな」
澄彦さんは私よりも二段高いところで正座し、こちらを柔らかく見つめる。
私は三つ指をついて頭を下げた。
指先が震える。
これから私が澄彦さんに言うのは、私の一生を決める言葉だった。
産土神を祀る巫女である竹婆に、当主と惣領息子に内緒で教えを乞うていた。
惚稀人として歩むにはどのような手順が必要なのか。
豹馬くんが言っていた通り、戸籍上の結婚には意味は無く、産土神や正武家にお力を貸してくれる神様たちに認められれば、玉彦と共にあれと命(めい)を承る。
そうしてようやく私は心身ともに玉彦の惚稀人として胸を張って隣にいることが出来る。
たとえ離れていても、本殿に上がり正式な正武家の一員となれば、その絆は一生切れないと竹婆は教えてくれた。
そしてその本殿に上がる為には、当主の許可が必要で。
昔、私を本殿に上げてしまった玉彦はかなりの暴挙を仕出かしたのだと今更ながらに呆れる。
本来ならば玉彦が澄彦さんに願い出ることなんだけど、それを私がしてしまうのも中々な暴挙だったりする。
でもこれは意趣返し。
なんの説明もなしに昔私を本殿に上げた玉彦への。
たぶん玉彦は意趣返しだなんて思わないだろうけどさ。
「正武家当主澄彦様。本日は大事なお話があり、上守比和子参りました」
「え、あぁ……。ではその話とやらを申してみよ」
澄彦さんはすっかり畏まった私に戸惑いつつも、先を促す。
「明日正武家玉彦様と本殿へ参る御許しをいただきたく」
「うむ。……へ? え?」
「また、明日その時まで玉彦様には内密で」
「……心内はもう決まったのだな?」
「はい。四年前のあの日から、すでに決まっておりました」
「上げよ、比和子」
言われて伏せていた頭を上げれば、澄彦さんは満面の笑みだった。
「良いよ、良いよ。許す、許す。でもなー、百年以上も惚稀人を迎えてなかったから、そこは正武家として大々的にお披露目を兼ねて行いたいんだけど、ダメかな?」
当主の威厳もどこへやら。
澄彦さんはいつもの澄彦さんになってしまい、私に話し掛ける。
「駄目です」
「え~」
眉毛をハの字にした澄彦さんは、段を降りて私の目の前で胡坐を掻く。
「比和子ちゃん。いいの? 玉彦で」
「玉彦『が』いいです」
「そっか。まぁ、こうなることは分かっていたけどね。で、問題が一つあるんだけどね」
なんだろう。
ここまでは竹婆に言われた通りに進んでるけど。
問題って?
「明日、本殿に上がったとして。うちの息子は産土神たちに捧げる祝詞を知ってるの?」
そうだった。
本殿に上がり、そこでの作法はばっちり竹婆が教えてくれたけど、祝詞は玉彦があげる。
「どうなんでしょう……」
「内密になんて言わないで、今夜きちんと伝えなさい。失敗したら、洒落にならないからね。これは遊びではない。正武家の家名に関わることです。そしてこれは下知です」
「……わかりました」
遊びではないと言われてしょんぼりしてしまった私に、澄彦さんが意地悪く口元を歪めた。
「でもなー、それじゃあ僕はアイツの驚く顔見物出来ないしなー。そうだ。今夜、僕から伝えるってどうかな?」
「話が面倒臭くなりそうなので、お断りします」
「え~」
駄々を捏ねる澄彦さんに一礼し、私は当主の間を後にする。
あと数年後、彼が私の義父になるのだと思うと頭が痛いけれど、楽しみでもあった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
カリスマ女社長から「キミしかいないんだ」とせがまれて、月収三〇万でポンコツ美人社長のゲームコーチに配属された。これは辞令ですか?
椎名 富比路
ライト文芸
コンセプトは、ラブコメ版「釣りバカ日誌」!
会社をサボってゲームしているところを、カリスマ女社長に発見された主人公。
クビを覚悟して呼び出しに応じると、女社長からゲームの指導をしてくれと頼まれる。
過労気味の社長は、そろそろセミリタイアして長年の夢だったゲーム三昧の日々を送ろうとしていた。
主人公はゲームコーチとして、女社長と一緒にゲームで遊ぶ。
レトロゲームにも、最新ゲームにも手を出す。
しかし、遊んでばかりもいられない。
新事業の「バーチャル配信者部門」に配属され、主人公も配信作業を手伝う。
ゲームを通じて、主人公は女社長と段々と距離が近づいていく。
しかし、自分は所詮雇われの身だ。
まして相手は、女子高生の頃に起業して今も第一線で活躍するカリスマだ。
社長に惚れてはならないと、自分でブレーキを掛けていた。
本当の気持ちを隠し通して。
しかし、女社長は主人公の気持ちを知ってか知らずかグイグイ来る。
カクヨムコン 応募作
改稿するので、「連載中」に変更。
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
さくやこの
松丹子
ライト文芸
結婚に夢も希望も抱いていない江原あきらが出会ったのは、年下の青年、大澤咲也。
花見で意気投合した二人は、だんだんと互いを理解し、寄り添っていく。
訳あって仕事に生きるバリキャリ志向のOLと、同性愛者の青年のお話。
性、結婚、親子と夫婦、自立と依存、生と死ーー
語り口はライトですが内容はやや重めです。
*関連作品
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
『物狂ほしや色と情』(ヨーコ視点)
読まなくても問題はありませんが、時系列的に本作品が後のため、前著のネタバレを含みます。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
ピアノの家のふたりの姉妹
九重智
ライト文芸
【ふたりの親愛はピアノの連弾のように奏でられた。いざもう一人の弾き手を失うと、幸福の音色も、物足りない、隙間だらけのわびしさばかり残ってしまう。】
ピアノの響く家には、ふたりの姉妹がいた。仲睦ましい姉妹は互いに深い親愛を抱えていたが、姉の雪子の変化により、ふたりの関係は徐々に変わっていく。
(縦書き読み推奨です)
かのやばら園の魔法使い ~弊社の魔女見習いは契約社員採用となります~
ぼんた
ライト文芸
「魔女になりたいって、普通の人からしたら笑われるようなことを言ってるのかもしれない。だけど……。私は、たとえ周りからバカだのアホだの言われても、自分がやりたいことはやりたいんです!」
主人公のヒカリは、魔女になりたいという強い思いを、命の恩人である魔女に向かって力強く伝える。
そして、高校卒業後に魔法使いが働く会社で、期限付きの契約社員となり、仕事をしながら魔女試験合格を目指す。
少しぶっきらぼうだけど頼りになる青年、いつも優しくたまに子供っぽい先輩、小さくて可愛いのに口が達者な少女など、個性豊かな社員達との新たな生活が始まる。
日々悩み苦しみながらも様々なことに気づき、少しずつ成長していくヒカリのひたむきな姿を描いた物語。
交通量調査で知り合った彼女
マーブル
ライト文芸
私は約2ヶ月の間、生活費があと少し必要だったことから激短バイトの交通量調査をした。
そこで偶然知り合った若い女性と彼女になったのだが…
交通量調査歴、交際歴ともに2ヶ月間の彼女のお話しである。
インディアン・サマー -autumn-
月波結
ライト文芸
高校2年のアキが好きなのは、生まれてからずっと一つ歳上の従姉妹・ハルだけだ。ハルを追いかけるアキ、アキを呼びつけるハル。追う、追いかける。
ハルとアキの母親は一卵性双生児で、似ているようで似ていないところもある。
「いとこ同士は結婚できるけど、ハルとアキの結婚は血が濃すぎるかもね」
アキの心は毎日の中でハルを想って揺れる。
奔放なハルはアキを翻弄し続ける。
いつもアキを突然呼びつけるハルには、実は他人には言えない苦しい秘密があり⋯⋯。
まだ本物の恋を知らないハルとアキの、人を好きになる、過程を描きました。滑らかな切なさをお求めの方にお勧めします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる