私と玉彦の六隠廻り

清水 律

文字の大きさ
上 下
4 / 51
第一章 さいかい

しおりを挟む

 当主の間の時が止まり、誰も動かない。
 けれど澄彦さんが手にしていた団扇を落とすと流れ始めた。

「え? あれ?」

 澄彦さんは今までにない間抜けな顔をしていた。 
 その後ろに控えていた宗祐さんは目を見開いている。
 そして玉彦は……。

「どうして、比和子か……?」

 身を乗り出し、今すぐにでも私の前に飛び出しそうになるのを南天さんに肩を掴まれ押さえられていた。

「来ちゃいました」

 澄彦さんは四つん這いになり、当主らしからぬ格好で二段高いところから私を見降ろす。

「来ちゃいましたって……、大歓迎だよ! よくこのタイミングで来てくれた!」

 澄彦さんは諸手を上げて抱きしめようと駆け寄る。
 けれど宗祐さんに押しとどめられて、座布団に座り直した。

「御倉神に呼ばれてここへ来ました。事情は全然分からないんですけど、とりあえず来ました」

「あの神様、たまには良いことをしてくれる」

 澄彦さんは口元を隠して含み笑いをした。

 どういうことなんだろう。
 さっきから、全然話が見えてこない。
 とりあえず歓迎してくれていることは確かなんだろうけど。

「比和子ちゃん、すぐ帰るとか言わないよね?」

 すっかり澄彦さんは澄彦さんで、当主の威厳なんてあったもんじゃない。

「よくわからなかったので、とりあえず夏休みのバイトは休みましたけど」

「そうか! それはいい! 何だったら正武家でバイト代出すよ!」

「いや、それは……」

「とにかく助かった! 宗祐、ここでは何だから、一席設けてくれ」

「かしこまりました」

 澄彦さんはそう言うと、早々に席を立った。
 次いで玉彦も席を立つ。

 何も言ってくれなかったな……。
 そもそも反応が薄かったな……。

 俯いていたら、視界に白い足袋が入ってくる。
 顔を上げればそこには白い着物を身につけて片膝をついた玉彦がいて。

 玉彦が……。

 玉彦は私の予想以上に成長していた。
 さっきは座っていたから気がつかなかったけど、身長がかなり伸びてる。
 華奢だった身体も、男の子じゃなくて贅肉なく引き締まった男の人。
 そして相変わらず綺麗な肌で、奥二重の切れ長な瞳に薄い唇。
 髪型だけがあのおかっぱをやめてすぐの、少し長めのまま変わりない。

 そこには私が思い浮かべていた中一の玉彦ではなく、立派になった高二の玉彦がいた。

「髪が、伸びたな」

「あ、うん」

 私は自分の髪に手をやり何度も撫でる。

「それに、綺麗になった」

「あっありがと」

 上ずった声でお礼を言えば、玉彦は微笑んでくれた。

「とりあえず父上と歓談が終わったら、私と話せるか? 疲れて休みたいか?」

「全然大丈夫!」

「ではのちほど」

 無駄に色気を振り撒いて、玉彦は私に背を向ける。
 な、なんなの、あの玉彦。

 残された私は南天さんに案内され、澄彦さん側の母屋の座敷に通されるまで、ふわふわと夢の中を歩いているようだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

プチエトワールの灯る夜

つむぎ
ライト文芸
庭付きアパート「プチエトワール」に集まるのは、20代の女性6人。それぞれの部屋で暮らしながら、共有スペースで料理やボードゲームを楽しむ特別な時間を過ごしている。仕事や日々の忙しさから解放される夜、繰り広げられるのは笑いとほんのり温かな絆の物語。心がふっと軽くなる、日常系ストーリー。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

今日も青空、イルカ日和

鏡野ゆう
ライト文芸
浜路るいは航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスの整備小隊の整備員。そんな彼女が色々な意味で少しだけ気になっているのは着隊一年足らずのドルフィンライダー(予定)白勢一等空尉。そしてどうやら彼は彼女が整備している機体に乗ることになりそうで……? 空を泳ぐイルカ達と、ドルフィンライダーとドルフィンキーパーの恋の小話。 【本編】+【小話】+【小ネタ】 ※第1回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※ こちらには ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/999154031 ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『ウィングマンのキルコール』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/972154025 饕餮さん作『私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/812151114 白い黒猫さん作『イルカフェ今日も営業中』 https://ncode.syosetu.com/n7277er/ に出てくる人物が少しだけ顔を出します。それぞれ許可をいただいています。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...