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第一章 さいかい
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しおりを挟む当主の間の時が止まり、誰も動かない。
けれど澄彦さんが手にしていた団扇を落とすと流れ始めた。
「え? あれ?」
澄彦さんは今までにない間抜けな顔をしていた。
その後ろに控えていた宗祐さんは目を見開いている。
そして玉彦は……。
「どうして、比和子か……?」
身を乗り出し、今すぐにでも私の前に飛び出しそうになるのを南天さんに肩を掴まれ押さえられていた。
「来ちゃいました」
澄彦さんは四つん這いになり、当主らしからぬ格好で二段高いところから私を見降ろす。
「来ちゃいましたって……、大歓迎だよ! よくこのタイミングで来てくれた!」
澄彦さんは諸手を上げて抱きしめようと駆け寄る。
けれど宗祐さんに押しとどめられて、座布団に座り直した。
「御倉神に呼ばれてここへ来ました。事情は全然分からないんですけど、とりあえず来ました」
「あの神様、たまには良いことをしてくれる」
澄彦さんは口元を隠して含み笑いをした。
どういうことなんだろう。
さっきから、全然話が見えてこない。
とりあえず歓迎してくれていることは確かなんだろうけど。
「比和子ちゃん、すぐ帰るとか言わないよね?」
すっかり澄彦さんは澄彦さんで、当主の威厳なんてあったもんじゃない。
「よくわからなかったので、とりあえず夏休みのバイトは休みましたけど」
「そうか! それはいい! 何だったら正武家でバイト代出すよ!」
「いや、それは……」
「とにかく助かった! 宗祐、ここでは何だから、一席設けてくれ」
「かしこまりました」
澄彦さんはそう言うと、早々に席を立った。
次いで玉彦も席を立つ。
何も言ってくれなかったな……。
そもそも反応が薄かったな……。
俯いていたら、視界に白い足袋が入ってくる。
顔を上げればそこには白い着物を身につけて片膝をついた玉彦がいて。
玉彦が……。
玉彦は私の予想以上に成長していた。
さっきは座っていたから気がつかなかったけど、身長がかなり伸びてる。
華奢だった身体も、男の子じゃなくて贅肉なく引き締まった男の人。
そして相変わらず綺麗な肌で、奥二重の切れ長な瞳に薄い唇。
髪型だけがあのおかっぱをやめてすぐの、少し長めのまま変わりない。
そこには私が思い浮かべていた中一の玉彦ではなく、立派になった高二の玉彦がいた。
「髪が、伸びたな」
「あ、うん」
私は自分の髪に手をやり何度も撫でる。
「それに、綺麗になった」
「あっありがと」
上ずった声でお礼を言えば、玉彦は微笑んでくれた。
「とりあえず父上と歓談が終わったら、私と話せるか? 疲れて休みたいか?」
「全然大丈夫!」
「ではのちほど」
無駄に色気を振り撒いて、玉彦は私に背を向ける。
な、なんなの、あの玉彦。
残された私は南天さんに案内され、澄彦さん側の母屋の座敷に通されるまで、ふわふわと夢の中を歩いているようだった。
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