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第一章 さいかい
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夏休み初日前日の夜。
私はバスに揺られていた。
市内循環のバスではない。
お祖父ちゃんの村、鈴白村へ向かうバスだ。
高校二年生になった私は、アルバイトをして貯めたお金で何とか交通費を捻り出し、この日を迎えた。
私の席の横には、正々堂々と無賃乗車をする冬服で紺色の学生服の青年が座っている。
彼は普通の人には視えない。
何故なら神様だから。
不思議なことに彼が座っている席には、誰も座ろうとはしない。
視えなくても何となく感じるものがあるのかも知れなかった。
二週間前、四年ぶりに会った神様は私が鈴白村へ行くまで家に居候していた。
お父さんが毎日揚げ料理を振舞って、もうここから帰りたくないと駄々を捏ねる始末だった。
神様の名は御倉神という。
他にも名前があったけど、私にはそう名乗ったのでそう呼んでいる。
終業式が終わって、私はすぐに電車に飛び乗った。
次の日でも良かったけれど、気にかかることがあって、どうしても早く鈴白村の彼の元へ行きたかったからだ。
それというのも一週間前から鈴が反応しなくなった。
この青い紐が付けられた金色の鈴は私と彼とを繋ぐ、唯一のもの。
四年間それは変わらずに鳴り続けていたのに。
彼の家に電話をしても、彼の家の付き人である南天さんは言葉を濁し、村で初めて友達になった弓場亜由美ちゃんに聞いても口ごもって彼のことを教えてくれなかった。
そして彼の一番近くに居るはずの豹馬くんに至っては、電話にすら出なかった。
これは、何かある。
仕方がないので彼の父親に連絡をしてみれば、どうしても来てほしいと。
なんなら今から迎えに行くと言い出したので、終業式翌日までは行けないと伝えて今に至る。
私と連絡が取れないくらい、切羽詰まった状態に彼はあるのだろうか。
鈴を握り締め、彼の無事だけを祈った。
バスが村で唯一のバス停に停まる。
私を降ろすと乗客を乗せずにロータリーを迂回して戻っていく。
鈴白村は、絵に描いたようなド田舎で娯楽はないと言い切れる。
私が中一の夏休みに来てから、バスから見える風景はなに一つも変わりはなかった。
キャリーバッグをベンチの横に置いて、私は御迎えを待つ。
先ほど降りる前に南天さんに連絡をしたので、三十分ほどで来てくれるだろう。
私はベンチに腰掛け、月を見上げる。
カエルと虫の声だけが聞こえる。
長閑だ。
私が住む通山市の喧騒が嘘みたいだ。
月も煌めく星も双眼鏡が無くてもよく見える。
すると十分も経たずに車の走る音が聞こえてきた。
御迎えが到着するにはまだ早いし、村から誰かが外に出るのだろう。
そう思っていると、予想外にもその黒いセダンは私の前に物凄いスピードで走り込み停車した。
「比和子さん」
運転席から降りてきたのは、彼の家、正武家の付き人である御門森南天さん。
電話にすら出なかった豹馬くんのお兄さんでもある。
彼は相変わらずの作務衣姿で、細長い釣目で、スラリとしていた。
「お久しぶりです。南天さん」
「ご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです。……お綺麗になられましたね」
褒められて私は照れて頭を掻いた。
南天さんの中ではきっと、中一の頃の私のままだったに違いない。
私はあれから背が伸びたし、ついでに髪も腰辺りまで伸ばしていた。
すっぴんだった子供の頃とは違ってお化粧だってしている。
親友の小町には劣るけど、私だって中々モテているのだ。
「無理を言ってお迎えを頼んでしまってすいません。ありがとうございます」
お礼を言えば、南天さんはとんでもないと両手を振った。
「こちらこそ比和子さんに来ていただいて。本当に助かりました。もうこの事態は比和子さんに来ていただくしか……」
「何があったんですか?」
「百聞は一見に如かずです……。私ども御門森一同は比和子さんこそと思っております」
「えーと、あの?」
南天さん……。
話が全然見えないよ……。
「とにかくお屋敷へ!」
私は急かされるまま車に乗り込んだ。
御倉神はいつの間にか姿を消していた。
そう言えばバスから降りていたっけ?
私はバスに揺られていた。
市内循環のバスではない。
お祖父ちゃんの村、鈴白村へ向かうバスだ。
高校二年生になった私は、アルバイトをして貯めたお金で何とか交通費を捻り出し、この日を迎えた。
私の席の横には、正々堂々と無賃乗車をする冬服で紺色の学生服の青年が座っている。
彼は普通の人には視えない。
何故なら神様だから。
不思議なことに彼が座っている席には、誰も座ろうとはしない。
視えなくても何となく感じるものがあるのかも知れなかった。
二週間前、四年ぶりに会った神様は私が鈴白村へ行くまで家に居候していた。
お父さんが毎日揚げ料理を振舞って、もうここから帰りたくないと駄々を捏ねる始末だった。
神様の名は御倉神という。
他にも名前があったけど、私にはそう名乗ったのでそう呼んでいる。
終業式が終わって、私はすぐに電車に飛び乗った。
次の日でも良かったけれど、気にかかることがあって、どうしても早く鈴白村の彼の元へ行きたかったからだ。
それというのも一週間前から鈴が反応しなくなった。
この青い紐が付けられた金色の鈴は私と彼とを繋ぐ、唯一のもの。
四年間それは変わらずに鳴り続けていたのに。
彼の家に電話をしても、彼の家の付き人である南天さんは言葉を濁し、村で初めて友達になった弓場亜由美ちゃんに聞いても口ごもって彼のことを教えてくれなかった。
そして彼の一番近くに居るはずの豹馬くんに至っては、電話にすら出なかった。
これは、何かある。
仕方がないので彼の父親に連絡をしてみれば、どうしても来てほしいと。
なんなら今から迎えに行くと言い出したので、終業式翌日までは行けないと伝えて今に至る。
私と連絡が取れないくらい、切羽詰まった状態に彼はあるのだろうか。
鈴を握り締め、彼の無事だけを祈った。
バスが村で唯一のバス停に停まる。
私を降ろすと乗客を乗せずにロータリーを迂回して戻っていく。
鈴白村は、絵に描いたようなド田舎で娯楽はないと言い切れる。
私が中一の夏休みに来てから、バスから見える風景はなに一つも変わりはなかった。
キャリーバッグをベンチの横に置いて、私は御迎えを待つ。
先ほど降りる前に南天さんに連絡をしたので、三十分ほどで来てくれるだろう。
私はベンチに腰掛け、月を見上げる。
カエルと虫の声だけが聞こえる。
長閑だ。
私が住む通山市の喧騒が嘘みたいだ。
月も煌めく星も双眼鏡が無くてもよく見える。
すると十分も経たずに車の走る音が聞こえてきた。
御迎えが到着するにはまだ早いし、村から誰かが外に出るのだろう。
そう思っていると、予想外にもその黒いセダンは私の前に物凄いスピードで走り込み停車した。
「比和子さん」
運転席から降りてきたのは、彼の家、正武家の付き人である御門森南天さん。
電話にすら出なかった豹馬くんのお兄さんでもある。
彼は相変わらずの作務衣姿で、細長い釣目で、スラリとしていた。
「お久しぶりです。南天さん」
「ご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです。……お綺麗になられましたね」
褒められて私は照れて頭を掻いた。
南天さんの中ではきっと、中一の頃の私のままだったに違いない。
私はあれから背が伸びたし、ついでに髪も腰辺りまで伸ばしていた。
すっぴんだった子供の頃とは違ってお化粧だってしている。
親友の小町には劣るけど、私だって中々モテているのだ。
「無理を言ってお迎えを頼んでしまってすいません。ありがとうございます」
お礼を言えば、南天さんはとんでもないと両手を振った。
「こちらこそ比和子さんに来ていただいて。本当に助かりました。もうこの事態は比和子さんに来ていただくしか……」
「何があったんですか?」
「百聞は一見に如かずです……。私ども御門森一同は比和子さんこそと思っております」
「えーと、あの?」
南天さん……。
話が全然見えないよ……。
「とにかくお屋敷へ!」
私は急かされるまま車に乗り込んだ。
御倉神はいつの間にか姿を消していた。
そう言えばバスから降りていたっけ?
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