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超能力と不思議パワー、交わる
アルバイトと有里沙と菜月美と
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「いらっしゃいませ、ご主人様!」
高梨有里沙はこの日、アルバイトに精を出していた。
彼女は来店した客に猫なで声でお決まりの文句を言う。その顔には、丹念に作り上げられた偽物の満面の笑みが浮かべられている。
そう、ここはメイド喫茶。高梨有里沙はメイド喫茶でアルバイトをしているのだ。かつて大学に入学したばかりの頃、高梨有里沙は、それなりと家族に評される容姿を活かしたアルバイトを探していた。悩んだ末に彼女が選んだのは、メイド喫茶だったのだ。
本人としては、固定の客が付けば給料アップが見込めるこのアルバイトが大変お気に入りのようで、もう勤務してから一年近い。
実際、彼女はそれなりの人気を誇っているので特別給を手にすることもある。
そんな彼女の最近の悩みの一つとして、もし加藤雄介が勤務中に来てしまったらどうしようというものがある。加藤はこういう店にもそれなりに精通しているので、可能性がゼロではないのだ。
そんな彼女は客を席に案内すると、注文を取りその場を離れようとする。
しかし、ここで問題が発生する。こういった業態の店では、時にはお触りに手を出す客がいる。そんなマナーもモラルもない迷惑な客に対して、彼女が一体どう抵抗しているのか。答えは、当然超能力だ。
今も、コーヒーを配膳した席の客が彼女の体に目を付けた所だった。
「イテっ……?」
だが、彼女のお尻に伸ばされた下衆の手の目の前に、不可視の壁が出現しタッチを防ぐ。不思議そうな顔を浮かべた客はしかし、その後高梨が店長へと報告したことによってつまみ出される。
高梨が勤務しているこの店は、ルールを守ることが出来ない客は問答無用でつまみ出すという強気の対応を取っている店だ。そのスタイルがメイド喫茶をアルバイト先に選ぶ女子たちの間では人気で、高梨もそこに目を付けたのだ。高梨の同僚曰く、迷惑な客の数がとても少なく、優良客が多いので安心だということだ。
その方針を決めたオーナー兼店長の原は、高梨に感謝をする。この店のスタイルに、容赦なく敵を罰する彼女の性格がマッチしているので、信頼されているのだ。
「有里沙ちゃん、本当にありがとねぇ。でも相変わらず凄いわね、普通怖くて何も言えなくなったりするものなのに」
「いえ、いいんですよ。ああいうヤツらは即、やってしまった方がいいですし」
それからはヘンな客も特に現れなかったようで、無事シフトを上がる高梨。厨房の裏に設置されているバックヤードに戻り私服に着替えると、スマートフォンに連絡が入っていることに気付く。相手は高梨一家の次女、高梨菜月美だ。
菜月美は高梨の妹にあたり、年齢は12歳、小学六年生の女の子だ。
「珍しいわね」
彼女が文面を確認するとそこには、用事があるから出来れば実家の方まで来れないかということだった。彼女はそれを見たので、同僚の女性から誘いの声を掛けられたが、断ることにしたようだ。
「有里沙ー、この後どっか行かない?」
「ごめん、ちょっと用事できちゃったから無理。また今度ね」
メイド喫茶を後にした彼女は人目に付かない路地に入ると、自宅にほど近い座標に瞬間移動をして移動するのであった。
――
高梨有里沙は、幼き頃から彼女が見慣れた通りを歩いて、高梨家に辿り着いていた。家に直接転移しないのは、少しでも運動をするためだ。はっきり言って効果は全くと言っていいほどないが、彼女はそれを実践していた。
もっとも、実家とは言っても東京都内であるから、大学の最寄駅から電車で一時間といった所で、彼女にとってはあまり帰省という感じはしないようだ。瞬間移動《テレポーテーション》があるから、尚更のことだったが。
チャイムを鳴らすと、間を置かずに玄関が開いた。
「うわっ! ビックリさせないでよ菜月美!」
「……だって、来るの分かるし」
「そう言う問題じゃないでしょ」
高梨有里沙を出迎えたのは、彼女に実家に来てという連絡を寄越した菜月美だ。そのまま特に何も言わずに有里沙が菜月美に着いて行くと、菜月美が有里沙を自分の部屋に上げた。
「で、どうしてわざわざ呼び出したの?」
「有里沙、またあれ聞かせて。異世界の話」
「……それだけ?」
「それだけ。いけない?」
「はあ、どうして菜月美にばれる様な真似しちゃったんだろ……」
高梨有里沙は、異世界召喚の件を直接誰にも話したことがない。
直接言っていないのに知っているということはつまり、どういう事なのか。
「異世界の物を部屋に置いておいた有里沙がいけない。記憶透視で読んでしまったから、仕方ない」
答えは簡単だ。高梨菜月美は、超能力者なのだ。
有里沙と同様に先天的な超能力の保持者である菜月美は、有里沙が異世界から持ち帰ったナイフから記憶を読んだのだ。そこには、彼女の戦いの歴史が詰まっていた。有里沙の不注意が、より彼女に余計な作業を増やすことになったのである。
それからというもの、大学への入学を切っ掛けに一人暮らしを始めるまで、有里沙は異世界の話を度々聞かせて欲しいと頼まれることになってしまったのだ。
そんな菜月美も有里沙のように複数の能力を所持していた。菜月美が玄関で待ち構えていたかのようにすぐにドアを開けられたのは、千里眼で有里沙を事前に見たからだ。
「しょうがないわね、じゃあ今回は私が敵のアジトに踏み込んだ話の続きを――」
そうして、数時間もの間延々と質問攻めにあったのだった。
朝から夕方までアルバイト、夜には延々と異世界トークを行った高梨は、彼女の許容量を超えた一日の活動に、ほとほと疲れ果てたのであった。
結局、高梨が自宅の近辺に戻ることになったのは、夜の9時を回ろうかという所だった。
――
「……何の音だろ」
それから自宅に戻っていた彼女は、ふと思いついて川原公園まで向かうことにしていた。彼女は疲れた時に、夜にはほとんど人が来ないこの公園で一人ぼけっとしているのが好きだった。人に見られると少々気恥ずかしいようだが。
公園のベンチに座り一人近くの花畑を眺めていた高梨が気付いたのは、何者かが争っているかのような声だった。
何か固いものを激しくぶつけ合うかのような音が響き渡っている。
明らかに異常なそれに、彼女しか気づかなかったのは偶然の産物としか言いようがない。
恐る恐る高梨が声のする方に近づくにつれて、段々とその音の激しさが増していく。彼女は声から察するに、男同士が殴り合っていると推察していた。
怖いもの見たさで、瞬間移動でいつでも逃げられる彼女は見物に向かう。何かあったら一瞬で逃げられる彼女には、かつての戦闘経験も手伝って、自信と余裕、そして実力があるのだ。
遊歩道を進み公園の奥まった位置にある広場へとたどり着いた彼女が目にしたのは、見知った男と知らない男だ。
というか、土田慎也だった。その金髪オールバックは、大学で毎日のように目にするので有里沙には見間違えようもない。
「な……!?」
驚愕のあまり声が漏れる高梨。なぜなら、そこで行われていたのは人外の戦闘だ。
一般人には目で追うことも出来ないだろうスピードで格闘戦を行う土田の全身に、謎のオーラ状の輝きが纏われている。それにも当然注目していた高梨。土田の相手は坊主で薄着のマッチョ野郎である。だがその上半身には、薄布一枚ではあるが衣服が着こまれていた。
どうしたものかと思案する高梨が立ち尽くしていた。すると、土田の視界が一瞬、高梨の方に向けられた。
だが、土田が高梨の存在に気付いたその瞬間だった。一瞬の気の緩みで隙を作ってしまう。
彼の頭部へとハイキックが迫る。なんとか上体を低くすることで回避に成功するも、次の膝蹴りへのガードが間に合わない。
「やっべぇ……!」
「もらったぞ!」
このままでは、土田の大ダメージは必須だ。そこで高梨は行動に出た。
「あ、危ない!」
そう叫んだ高梨は、家族以外には一度も見せたことのない能力を咄嗟に発動した。してしまった。それは、念動力だ。
高梨が土田と男の間に不可視の壁を作り出すと、男の膝蹴りがそれに阻まれる。バックステップを取ろうとした坊主の男は、さらに生成されていた不可視の壁に阻まれ、移動に失敗し背中に鈍い痛みが起こる。
男はその固さに驚愕するとともに、渾身の攻撃をミスした事実にいら立ちを覚えたように高梨に視線を向けてしまう。今度は男に隙が生まれた。
「何者……だ!」
土田はその後隙を見逃さずにストレートとフックのコンビネーションを男に見舞う。
それは男の顔面を正確に捉えると、振り抜かれた拳の勢いで男が大きく後方に吹き飛んだ。いつしか不可視の壁は消えていたのは、高梨の手腕だ。
「高梨?! なんでお前がここに……」
「いいから、戦って! 右!」
「くそっ、何がどうなってやがる!」
「死ね!」
土田は横からの攻撃を回避しようとしたが、その必要はすぐになくなる。
高梨が腕を振るうと、男の目の前に大きな火球が出現してゆく手を阻んだ。発火能力だ。
全力で踏み込んだ男の勢いは止まらず、そのまま灼熱の炎へと突っ込んでしまう。しかも、その瞬間にまたもや高梨が不可視の壁を生成したため、男が壁に激突して動きが止まってしまう。男に炎が纏わりつく。
「があぁぁぁ!」
「今よ、今!」
そう言い放った高梨は炎の生成を止めた。そこに残っていたのは、肉体に重度の火傷を負った坊主の男で、自慢なのであろうその筋肉は無残な姿に変貌していた。
「お、おぉ……とにかく、これで締めだ! おらぁ!」
そう言って土田は全身の筋肉に気合を入れる。そこから生まれた不思議パワーでのたうち回る男の元に瞬時に移動すると、大胆な行動に出た。
高く飛び上がる土田。その最高到達地点は10メートルを優に超えており、そのまま落下していく。これは、全体重を掛けて対象を押しつぶす技だ。
「くたばれゴラぁぁぁ!!」
「ま、待て……!」
そして、土田のフライングボディプレスが炸裂した。全体重を掛けた強烈な一撃に意識を刈り取られた男は、遂に帰還が始まった。
そして土田は息を荒くしつつも、無事勝利を収められたことに安堵する。
だがそれよりも、圧倒的に気になることが彼には山積みだった。それはもちろん、高梨有里沙のことだ。
「おい高梨、どういうことだその力はよ。あの化け者を一瞬であんだけ焼いちまうとは、物騒なことだぜ。詳しい話、聞かせて貰おうじゃねぇか」
「あ、あはは……」
高梨有里沙は、もう笑うしかなかった。その場の勢いでガンガン超能力を使ってしまた彼女が、言い逃れをすることなど出来ようはずがない。
もっとも、土田もこれから自分がどうやってこの戦いのことを説明するかを考えていたので、高梨を責めるそのいつもの調子には、覇気が感じられないのであったが。
高梨有里沙はこの日、アルバイトに精を出していた。
彼女は来店した客に猫なで声でお決まりの文句を言う。その顔には、丹念に作り上げられた偽物の満面の笑みが浮かべられている。
そう、ここはメイド喫茶。高梨有里沙はメイド喫茶でアルバイトをしているのだ。かつて大学に入学したばかりの頃、高梨有里沙は、それなりと家族に評される容姿を活かしたアルバイトを探していた。悩んだ末に彼女が選んだのは、メイド喫茶だったのだ。
本人としては、固定の客が付けば給料アップが見込めるこのアルバイトが大変お気に入りのようで、もう勤務してから一年近い。
実際、彼女はそれなりの人気を誇っているので特別給を手にすることもある。
そんな彼女の最近の悩みの一つとして、もし加藤雄介が勤務中に来てしまったらどうしようというものがある。加藤はこういう店にもそれなりに精通しているので、可能性がゼロではないのだ。
そんな彼女は客を席に案内すると、注文を取りその場を離れようとする。
しかし、ここで問題が発生する。こういった業態の店では、時にはお触りに手を出す客がいる。そんなマナーもモラルもない迷惑な客に対して、彼女が一体どう抵抗しているのか。答えは、当然超能力だ。
今も、コーヒーを配膳した席の客が彼女の体に目を付けた所だった。
「イテっ……?」
だが、彼女のお尻に伸ばされた下衆の手の目の前に、不可視の壁が出現しタッチを防ぐ。不思議そうな顔を浮かべた客はしかし、その後高梨が店長へと報告したことによってつまみ出される。
高梨が勤務しているこの店は、ルールを守ることが出来ない客は問答無用でつまみ出すという強気の対応を取っている店だ。そのスタイルがメイド喫茶をアルバイト先に選ぶ女子たちの間では人気で、高梨もそこに目を付けたのだ。高梨の同僚曰く、迷惑な客の数がとても少なく、優良客が多いので安心だということだ。
その方針を決めたオーナー兼店長の原は、高梨に感謝をする。この店のスタイルに、容赦なく敵を罰する彼女の性格がマッチしているので、信頼されているのだ。
「有里沙ちゃん、本当にありがとねぇ。でも相変わらず凄いわね、普通怖くて何も言えなくなったりするものなのに」
「いえ、いいんですよ。ああいうヤツらは即、やってしまった方がいいですし」
それからはヘンな客も特に現れなかったようで、無事シフトを上がる高梨。厨房の裏に設置されているバックヤードに戻り私服に着替えると、スマートフォンに連絡が入っていることに気付く。相手は高梨一家の次女、高梨菜月美だ。
菜月美は高梨の妹にあたり、年齢は12歳、小学六年生の女の子だ。
「珍しいわね」
彼女が文面を確認するとそこには、用事があるから出来れば実家の方まで来れないかということだった。彼女はそれを見たので、同僚の女性から誘いの声を掛けられたが、断ることにしたようだ。
「有里沙ー、この後どっか行かない?」
「ごめん、ちょっと用事できちゃったから無理。また今度ね」
メイド喫茶を後にした彼女は人目に付かない路地に入ると、自宅にほど近い座標に瞬間移動をして移動するのであった。
――
高梨有里沙は、幼き頃から彼女が見慣れた通りを歩いて、高梨家に辿り着いていた。家に直接転移しないのは、少しでも運動をするためだ。はっきり言って効果は全くと言っていいほどないが、彼女はそれを実践していた。
もっとも、実家とは言っても東京都内であるから、大学の最寄駅から電車で一時間といった所で、彼女にとってはあまり帰省という感じはしないようだ。瞬間移動《テレポーテーション》があるから、尚更のことだったが。
チャイムを鳴らすと、間を置かずに玄関が開いた。
「うわっ! ビックリさせないでよ菜月美!」
「……だって、来るの分かるし」
「そう言う問題じゃないでしょ」
高梨有里沙を出迎えたのは、彼女に実家に来てという連絡を寄越した菜月美だ。そのまま特に何も言わずに有里沙が菜月美に着いて行くと、菜月美が有里沙を自分の部屋に上げた。
「で、どうしてわざわざ呼び出したの?」
「有里沙、またあれ聞かせて。異世界の話」
「……それだけ?」
「それだけ。いけない?」
「はあ、どうして菜月美にばれる様な真似しちゃったんだろ……」
高梨有里沙は、異世界召喚の件を直接誰にも話したことがない。
直接言っていないのに知っているということはつまり、どういう事なのか。
「異世界の物を部屋に置いておいた有里沙がいけない。記憶透視で読んでしまったから、仕方ない」
答えは簡単だ。高梨菜月美は、超能力者なのだ。
有里沙と同様に先天的な超能力の保持者である菜月美は、有里沙が異世界から持ち帰ったナイフから記憶を読んだのだ。そこには、彼女の戦いの歴史が詰まっていた。有里沙の不注意が、より彼女に余計な作業を増やすことになったのである。
それからというもの、大学への入学を切っ掛けに一人暮らしを始めるまで、有里沙は異世界の話を度々聞かせて欲しいと頼まれることになってしまったのだ。
そんな菜月美も有里沙のように複数の能力を所持していた。菜月美が玄関で待ち構えていたかのようにすぐにドアを開けられたのは、千里眼で有里沙を事前に見たからだ。
「しょうがないわね、じゃあ今回は私が敵のアジトに踏み込んだ話の続きを――」
そうして、数時間もの間延々と質問攻めにあったのだった。
朝から夕方までアルバイト、夜には延々と異世界トークを行った高梨は、彼女の許容量を超えた一日の活動に、ほとほと疲れ果てたのであった。
結局、高梨が自宅の近辺に戻ることになったのは、夜の9時を回ろうかという所だった。
――
「……何の音だろ」
それから自宅に戻っていた彼女は、ふと思いついて川原公園まで向かうことにしていた。彼女は疲れた時に、夜にはほとんど人が来ないこの公園で一人ぼけっとしているのが好きだった。人に見られると少々気恥ずかしいようだが。
公園のベンチに座り一人近くの花畑を眺めていた高梨が気付いたのは、何者かが争っているかのような声だった。
何か固いものを激しくぶつけ合うかのような音が響き渡っている。
明らかに異常なそれに、彼女しか気づかなかったのは偶然の産物としか言いようがない。
恐る恐る高梨が声のする方に近づくにつれて、段々とその音の激しさが増していく。彼女は声から察するに、男同士が殴り合っていると推察していた。
怖いもの見たさで、瞬間移動でいつでも逃げられる彼女は見物に向かう。何かあったら一瞬で逃げられる彼女には、かつての戦闘経験も手伝って、自信と余裕、そして実力があるのだ。
遊歩道を進み公園の奥まった位置にある広場へとたどり着いた彼女が目にしたのは、見知った男と知らない男だ。
というか、土田慎也だった。その金髪オールバックは、大学で毎日のように目にするので有里沙には見間違えようもない。
「な……!?」
驚愕のあまり声が漏れる高梨。なぜなら、そこで行われていたのは人外の戦闘だ。
一般人には目で追うことも出来ないだろうスピードで格闘戦を行う土田の全身に、謎のオーラ状の輝きが纏われている。それにも当然注目していた高梨。土田の相手は坊主で薄着のマッチョ野郎である。だがその上半身には、薄布一枚ではあるが衣服が着こまれていた。
どうしたものかと思案する高梨が立ち尽くしていた。すると、土田の視界が一瞬、高梨の方に向けられた。
だが、土田が高梨の存在に気付いたその瞬間だった。一瞬の気の緩みで隙を作ってしまう。
彼の頭部へとハイキックが迫る。なんとか上体を低くすることで回避に成功するも、次の膝蹴りへのガードが間に合わない。
「やっべぇ……!」
「もらったぞ!」
このままでは、土田の大ダメージは必須だ。そこで高梨は行動に出た。
「あ、危ない!」
そう叫んだ高梨は、家族以外には一度も見せたことのない能力を咄嗟に発動した。してしまった。それは、念動力だ。
高梨が土田と男の間に不可視の壁を作り出すと、男の膝蹴りがそれに阻まれる。バックステップを取ろうとした坊主の男は、さらに生成されていた不可視の壁に阻まれ、移動に失敗し背中に鈍い痛みが起こる。
男はその固さに驚愕するとともに、渾身の攻撃をミスした事実にいら立ちを覚えたように高梨に視線を向けてしまう。今度は男に隙が生まれた。
「何者……だ!」
土田はその後隙を見逃さずにストレートとフックのコンビネーションを男に見舞う。
それは男の顔面を正確に捉えると、振り抜かれた拳の勢いで男が大きく後方に吹き飛んだ。いつしか不可視の壁は消えていたのは、高梨の手腕だ。
「高梨?! なんでお前がここに……」
「いいから、戦って! 右!」
「くそっ、何がどうなってやがる!」
「死ね!」
土田は横からの攻撃を回避しようとしたが、その必要はすぐになくなる。
高梨が腕を振るうと、男の目の前に大きな火球が出現してゆく手を阻んだ。発火能力だ。
全力で踏み込んだ男の勢いは止まらず、そのまま灼熱の炎へと突っ込んでしまう。しかも、その瞬間にまたもや高梨が不可視の壁を生成したため、男が壁に激突して動きが止まってしまう。男に炎が纏わりつく。
「があぁぁぁ!」
「今よ、今!」
そう言い放った高梨は炎の生成を止めた。そこに残っていたのは、肉体に重度の火傷を負った坊主の男で、自慢なのであろうその筋肉は無残な姿に変貌していた。
「お、おぉ……とにかく、これで締めだ! おらぁ!」
そう言って土田は全身の筋肉に気合を入れる。そこから生まれた不思議パワーでのたうち回る男の元に瞬時に移動すると、大胆な行動に出た。
高く飛び上がる土田。その最高到達地点は10メートルを優に超えており、そのまま落下していく。これは、全体重を掛けて対象を押しつぶす技だ。
「くたばれゴラぁぁぁ!!」
「ま、待て……!」
そして、土田のフライングボディプレスが炸裂した。全体重を掛けた強烈な一撃に意識を刈り取られた男は、遂に帰還が始まった。
そして土田は息を荒くしつつも、無事勝利を収められたことに安堵する。
だがそれよりも、圧倒的に気になることが彼には山積みだった。それはもちろん、高梨有里沙のことだ。
「おい高梨、どういうことだその力はよ。あの化け者を一瞬であんだけ焼いちまうとは、物騒なことだぜ。詳しい話、聞かせて貰おうじゃねぇか」
「あ、あはは……」
高梨有里沙は、もう笑うしかなかった。その場の勢いでガンガン超能力を使ってしまた彼女が、言い逃れをすることなど出来ようはずがない。
もっとも、土田もこれから自分がどうやってこの戦いのことを説明するかを考えていたので、高梨を責めるそのいつもの調子には、覇気が感じられないのであったが。
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