誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第十話 誰かこの暴君を殴ってくれ!

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 ──翌日。

 目が覚めた俺は、まず尋常じゃない体の気だるさにやられ、軋む節々と後孔の痛みを感じ、呻吟した。

 めでたく三十路の階段を昇った身には、あんまりな疲労感だ。

 記憶の最後では、確か酒に酔って気が大きくなった俺が、三初の酒に媚薬を大量投入した。

 なんかこう、流れ的に、イケると思ったんだよ。バースデーハイだ。

 更にそれをうまく飲ませることに成功して、後は効果が出るのを待つのみ。

 だったはずが、逆転。

 一線を越えられた俺は、あっけなく記憶が混濁し、今に至る。

 朧気な記憶を辿ると、場面はとにかくベッドだ。

 効果を確認するまでもない。
 体でわかる。不本意ながらなッ!

 件の三初は何事もなかったかのようにコーヒーを飲んでいたし、俺が詳細を聞いても詳しくは教えてくれなかった。

 ただ一言。

『今回は忘れてるんで不問にしますが……先輩が正気の時に俺に一服盛った場合、思い出したくなくなるような目に遭わせますよ』

 原因が完全にバレている言葉に、刹那で黙りこくった俺である。

 これは確実に、掘り返さないほうがいい。
 寝た虎を起こすよりは、迷宮入りさせたほうが平和なパターンだ。

 そんなわけで──バースデーの翌日はただの平日。

 俺と三初は連れ立って出勤するが、朝礼を終えると、各々が仕事を始めるためにデスクに着く。

 以前なら、隣のデスクと三初に向き直って、次の仕事の打ち合わせだ。

 けれどコンビが組み変わった今、俺は逆隣の竹本のデスクへと顔を向ける。

 三初は三初で、新しい相棒である山本のデスクへと向かうのだ。

 そのうち席替えがあるかもしれない。

 距離が開くのは簡単だ。気にはしなくとも、少しは寂寞を感じる。

「御割ぃ~。今週末、コンペするってさ。んでトポス企画は見事目標達成! SNSもバズったし、結果が良かったから堂々と戦えるぜっ」
「おう。そりゃよかったじゃねぇか、お疲れ」

 珍しく怯えずに意気揚々と話しかけてきた竹本は、どうやら浮かれているらしい。

 ま、俺と組む前から竹本がイニシアチブを取っていた企画だからな。

 ちゃんと結果が残せて次に繋げる可能性を見れば、浮き足立つのも無理はない。

 途中まで関わっていた元相棒である鈴木田も、この成功は喜んでいる。

 朝礼前のことだ。

 竹本と鈴木田が今朝二人でガッツポーズをしていたところに幸村がやってきて、竹本は幸福の絶頂で死にそうになっていた。

(あ~……? なんッか、竹本と幸村って仲良くなってるよな)

 竹本とミーティングについての話をしながら、思考の端でふと思い立つ。

 よくわからないが、いいことか。

 そうしていると、不意に俺の足元へ、ボールペンが転がってきた。

 カツン、と足に当たり、会話を中断して視線を向ける。

 デスクの下に転がったそれは、俺のものではない。

 誰かが落としたものが、俺のデスク下を訪ねてきたらしい。
 拾ってやれば、そのうち取りに来るだろう。

 ガタンッ、とデスクチェアーを避けて、デスクの下に潜り込み、ボールペンを手に取った。

 仕事始めで騒がしいオフィスの中では、間抜けな行動も目立たない。

 すぐに後ずさって、頭をあげようとする。

 だが、その瞬間──俺の頭が押さえつけられ、チュ、と唇に柔らかな感触を感じた。

「っな……!」
「初めてシたのも、そういえばオフィスでしたねぇ」

 ファイルを抱えてしゃがむ三初が、目の前でニンマリとほくそ笑んでいる。

 俺の驚愕や、一瞬で紅を差した頬は、目に入っていないらしい。



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