誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第七話 先輩マゾと後輩サドの尽力

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「サドでもマゾでもどうでもいいんで、アホ犬ちまきはさっさと中身出して肩でも揉んでくださいよ」
「う……わ、悪かったって」
「聞き飽きたなー」

 白々しい声を出す三初に、俺は布団の皮から出てそーっと肩に手を伸ばす。

 すると本気でするなと言われ、とりあえず服を着て、ふらつく体を起こし身支度を整えることにした。

 顔を洗って歯を磨き、髭をそって髪に櫛を通す。

 手首を見るとテーピングがされていて、ケツはまだ違和感があるが、痛みはなかった。

 背中もヒリヒリとはしたけれど、湿布が貼られていたので、しばらくすれば治るだろう。

 鏡を見ると、昨日はあんなにグズグズだった顔が、心做しか嬉しげに緩んでいるように思えた。

 いつもシワが寄った眉間も、深さが浅い気がする。眼光は相変わらずで、への字口も相変わらずだが。

 理由はたぶん昨夜の三初のセリフだろう。
 ムカつく言い方だったが、あれがあいつの〝俺だけで十分〟なのだ。

「そうだよな……人様を傷つけようってなら、結構かんたんに傷ついちまうンだな……」

 緩みそうな頬を引っ張り、引き締める。

 昨日、拘束されただけでも跡がついた。
 ナイフでも這わされれば、傷はいくらでもつけられる。なんの証にもなりやしない。

 誰でもかんたんにつけられるなら、気持ちがなくてもつけられる。

(そう思うと……普段あれだけ虐められているのに結局傷跡が残ってない俺は、物凄く貴重な体験をしてるんじゃねぇか?)

 腕を組んで、鏡を前に思案顔。

 三初は確かにサディスト(まぁ本人は否定するけどな)だが、俺をほぼ傷つけずに、思うとおりに調教するのだ。

 蚯蚓脹れ程度なら幾度かあるが、すぐに治るような一時的なものばかりだろう。
 血を見るような傷はない。ケツを裂かれたことはないのだ。

 なら、思うとおりにしているから結局は忌憚ない行為を楽しんでいるんだろうが、どうも腑に落ちない。

 そっちのほうが技術が必要で、めんどうだろうに、あいつは俺に対して手間暇をかける。

(……それって、やっぱ我慢させてるってことになンのか?)

 組んでいた腕を解き、ゆっくりと歩き出す。
 俺は対等、できれば俺のほうが多めに、相手に心を砕いたりなにかしたりしたいタイプである。

 けれど俺と三初だと、年齢とガタイだけが上で、後はボロ負けのコールドゲームだ。

 そして、考えた。

 バレンタインの時、俺が思ったのは〝体が気に入ってんなら、もっと上手くなってそれで満足できるようにするのも辞さねぇ〟だ。

 三初は、俺が俺でただの三初を叱りながら受け入れ続けてくれればいい、と言ったけど、それはそれ。

 そういう当たり前のことではなく、もっとスペシャルな気持ちを与えたい。

 特に俺は口が悪くて態度も悪く、デリカシーもなくて察しも悪い、素直じゃない恋愛弱者なのだ。

 俺は三初が、まぁ、その、なんだ……かなりす、好き、だからよ。マジで悔しいけど。

 俺を選んでよかったと思わせるには、努力は必須だろ?

 けれど俺が性技を磨こうと考えた矢先に、あのマンネリ疑惑である。

 おかげで俺は焦ることになり、間森マネージャーゲス野郎にあわや食い物にされるところだ。

 迷惑もかけたし、優しくもしてもらった。

 三初は素面で甘いことを言ったり優しくするのが性分的に不可能病を患っているのに、昨日は怒りやらを抑えて甘やかしてもくれたんだ。

 貰ってばかりではいけない。うん。まぁ、我慢させるのは体に悪いだろ。

 将来老老介護になる可能性が高い同性カップルとしても、健康的に生きてもらわねぇと。



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