誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第七話 先輩マゾと後輩サドの尽力

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 薄暗い赤を基調としたルームライトと、大人らしいシックな雰囲気。

 個性が強いオブジェが並んでいたりするが、おおむね普通だ。

 床がツルリとしていて完全防音。
 八畳程度のステージもある、なかなか広い店内である。

 カウンターから少し離れた場所に、いくつかソファーのあるテーブル席があった。
 土曜の夜ということもあって店内は複数人の客で賑わっている。

 年齢層は様々だが、ほとんどがゲイかバイの男。もしくはトランスジェンダー。女もいないことはないけれど、それは誰かの連れだ。

 キスくらいなら普通なのか、時折よそのテーブルからそれらしい音がする。

 男のほうはパートナーはいたりいなかったりで、女は恋人がいた。

 男女カップルかゲイなら誰でも入れるタイプの店だとか。

 だから誰かと関係を持つことだけを目的とした場所じゃないので、そういう目的ではないと明言すれば、無理に声をかけられたりはしなかった。

 そうして素人丸出しで入店してから、既に小一時間が経過している。


「…………いや、男がつまんねぇとか言われて、いつも通りでいられるかよッ。別にハッテン場に来てるわけじゃねぇし……いろいろ知識つけて、俺がアイツを組み伏せてやらァ……ッ」


 冷えたグラスでウィスキーを飲み干し、マスターにおかわりを要求した。

 もちろん今日は潰れない程度だ。
 でも少しは飲まなきゃやってらんねぇ。

 冷静になったら羞恥やら恐怖やらで反抗心が縮み上がっちまう。

 言っとくけど、マジで三初はぐうの音も出ない正論と持論と暴論で俺を言い負かすぜ。言い訳は聞かねぇんだ。


「やだぁ、健気でいいじゃなぁい? シュウちゃんったら彼氏に飽きられたら寂しいからって、お勉強しに来ちゃうんだもんねぇ」


 ここに至る経緯を聞いたマスターは、猫なで声でキャッキャとはしゃぐ。

 バーカウンターの向こう側でしなを作るのが、バー〝SELECTセレクト〟のマスターだ。

 金髪の刈り上げショートであごひげまであり、身長は俺とどっこいかそれ以上。

 厚い胸板が俺的に目を引くガチムチイケメンなマスターの名前は──周馬 夏賀しゅうば なつが

 ここではナーコで通ってるらしいが、お察しの通り例の後ろでのセックスにハマってオネエになった冬賀の従兄弟である。

 ちなみに、元々女に攻められるのが好きだったそうだ。

 そして勝とうと思えば勝てるはずの屈強ではないイケメンに組み伏せられたほうがなんかイイ、と気づき、こうなったとか。

 二個上の三十一歳で、ナーコは冬賀と同じクマタイプの人間だな。

 数日前。俺が冬賀にセレクトへ行きたいと伝えて、ナーコに話を通してもらい、連絡を取り合うことになった。

 そして本日改めてここを訪ね、今に至るというわけである。

 直接話を聞いたほうがいいからな。
 愚痴吐きも兼ねてるもんで、俺の事情は全部話した。

 おかわりのウイスキーを飲み過ぎないようちびちびと嗜み、唇を尖らせる。


「別に、アイツのためとかじゃねぇって言っただろ。俺が癪なんだよ。人のことをマゾだとか言いやがって……寝たあとにワンパターンとか、言うか?」


 協力してもらうのだからとあけすけに語った話だが、健気なんて勘違いされ、ふてくされているのはあった。

 三初のなんの気ない発言に過敏に反応するフシがある俺は、アイツの発言に拗ねてもいる。

 ……いや、間違えた。
 怒ってもいる。これが正しい。断固正しい。拗ねてなんかねぇ。

 ムーディな洋楽が流れる店内で、男同士の和気あいあいとたまにイチャイチャとした音声を聞きながらじゃあ、余計に唇も尖るってもんだ。

 こちとらちっとも和気あいあいとしていない。
 三初のメンタルはなにも変化はないが、俺のメンタルがモヤモヤとしているのだ。

 テーブルに肘をつき指先を唇に挟んで、眉間にシワを寄せる。
 そんな俺を見たナーコは豪気な体をくねらせ、ムフフと微笑ましげに笑った。


「でぇも、なにかプレイを考えてくれるって言ってたんでしょ~? マゾはつまんないって言葉は、悪く見れば体に飽きてるカモってことだけど……別れる気はないってことよね? アタシの勘としては、ひねくれてるだけで愛されてるんじゃない?」

「あ、愛……まぁ、そりゃ……っいやだからこそッ! 俺といてつまんねぇってのは、どうにか改善してェだろ?」

「ドSのカレシに合わせてSMプレイを学んで、セックスを磨くってコトでしょ? シュウちゃんも愛じゃない」

「チッ。やむを得ず妥協して、だ」

「顔真っ赤よ~」


 うるせぇ。ほっとけ。

 ──こちとらアイツのことが思ったより、かなり、見た感じより、断然、好きになっちまってるって事実だけで、ベッドに潜り込んで丸くなりてェ気分なんだよ……ッ!

 酒のせいということにして、赤くなった頬を擦りながらナーコを睨みつけると「照れ隠しの威嚇がガチすぎるわね……」と眉間をグリグリされた。

 それもほっとけ。
 生まれつきだコノヤロウ。




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