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第六話 狂犬と暴君のいる素敵な職場です
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しおりを挟むいや、いやいやいや。
急展開の予想外すぎて、コマンド選択肢が戦うと逃げるくらいしかねぇぞコラ。
その選択肢なら、俺は戦うに決まってるけどな?
スペックが違いすぎるわコノヤロウ。バグか? バグなのか?
だって片や大和撫子。
ほほえみのジャブ。高級スーツ装備。ラベンダー系のいい香り。
片や寝起きで寝ぐせがついたまま頭痛と節々の痛みとケツの痛みを抱える、二十九歳休日の企業戦士。
無言の威嚇。スウェット装備。石鹸の香り。
──どう考えても戦う前から負けてるだろうが……ッ!
脳内では叫びつつ、一見はそれほど動じていない体でギロッ、とひと睨みした。
「……合ってっすよ。俺はアイツと付き合ってる、御割って言います。アイツは今いねぇんで、用なら俺が聞きますが。あと、人の家には勝手に入らないほうがいいと思うす」
時間にすると数秒程度だろう。
じっと見つめ合った俺は、警戒した眼光のままなるべく平静を装い、上掛けをどけてベッドに腰かけながら問いかけた。
膝に腕を置き、下から上目遣いに睨む。
明らかな警戒なのに、間森先輩は変わらない笑顔で「そうですか」と言った。
「フホウシンニュウじゃないですよ? 合鍵、貰ってますから。御割さんですね、私は間森と言います。要くんとは、小さい頃からの仲かな」
「合か、へ、へェ~……ッ?」
「うふふふ」
一瞬ビクッ、と肩が跳ねる。
合鍵持ってんのか。嘘だろオイ。
──ってこたぁ、コイツ真っ黒じゃねぇか……!
なにが恋愛関係ありませんから、だ。三初コノヤロウ。愛人にマウント取られる嫁の気分だぜ。……いや誰が嫁だ。今のなし。
もしかしたらライバルじゃないか? 程度の疑惑が濃厚になり、確信秒読みで、内心頭を抱えたい気分になる。
クソ、間森、というか間男め。合鍵ってなんだよ。ンなもんただの先輩に渡すか?
舐めんな。こちとら約二ヶ月前から部屋に出入りするようになった程度の、恋人だぞコラ。恋人なんだよ。俺がなッ!
「私が時折お泊りにくるので、それならと貰ったんですよ。優しいですよね、要くん」
美しく色気のある上品な笑み。
口元の黒子が妖艶に感じごまかされているように思うが、俺に対して攻撃ないし探りを入れているのはわかる。
なので警戒程度の視線をギッ、とわかりやすい威嚇に変えた。
「あのね、この際だからはっきり言っておきますが。俺はアンタが三初に手ェ出すんじゃねぇかって、疑ってんですよ。アイツとどういう関係なんすか」
「あら、変な人ですねぇ。私は要くんともう十年以上の仲ですし、合鍵を貰うことになにかおかしなところでも? そもそも他人にとやかく言われる筋合いはありませんから」
はっきりさせたくて問いただそうとした言葉は、含み笑いと肩を竦める大げさな動作で一蹴される。
むしろ俺が部外者だとでも言いたげな言い方だ。明確な敵意を感じる。
「……喧嘩売ってんだな?」
「ふふふ。どうかな?」
スッ……、と薄く開いた目の奥の黒曜石のような瞳が挑発的な色を持ち、俺を射抜いた。
その瞬間、視線の間でバチッ! と火花が散ったように見える。
──いいぜ、その喧嘩買ってやる。
「ハッ。とやかくも言いたくなるし、言う権利あるに決まってんだろ」
ゆるりと足に力を入れて立ち上がると、間森先輩は俺より小さいので、見下ろす形になった。
そのまま臙脂のネクタイに手を絡め、グッと引き、顔を近づける。
「わかれよ。人の男に手ぇ出すんじゃねぇっつってんだ。……それともこのまま噛みつかれてぇか? あ?」
言外に敵意を滲ませるお上品な笑顔の腹芸は不可能だ。
俺には野蛮で余裕のない攻撃しかできないが、それでも明確に俺に張り合おうとするこいつに、奪えると思わせてはいけない。
三初の恋人は俺だ。
アイツは俺のものなのだ。
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