誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第一話 後輩暴君の暴挙

01

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 カタカタ、カタカタ。
 就業時間の過ぎたオフィスで、明後日に提出しなければならない企画書の作成に打ち込む。

 窓の外はすっかり真っ暗闇だ。
 当然だ。何時だ。夜の八時か。チクショウ、終業から三時間も経ってやがる。ファッキン残業め。

 一段落するたびに小まめに上書き保存をして万が一がないように注意しながら、俺は血管を浮かせて必死にキーボードを叩く。

 俺──御割おわり 修介しゅうすけの働く会社は、至ってホワイトな食品会社だ。

 その界隈では大手であり、海外事業部も波に乗っていて国外へも進出している優良企業。就業体制はきちんとしているし、繁忙期でもなければ無理な残業をさせることもない。

 俺当人も自分で言うのもなんだが、そこそこ真面目でマメな性格。
 普通にしていれば、こんなことにはならなかった。

 そう。普通に仕事をしていれば、だ。


「ねぇ先輩、プリンシェイク好きですよね。ほら見て? 五十回振れって。バーテンダーみたいにスタイリッシュに頼みますね」

 ──バンッ!

「誰のせいでこんな時間まで一人で残業してると思ってんだコラッ! プリンシェイクぐらい振れよッ! 俺のために振れよッ!」


 煽ってるとしか思えないローテンポは言葉たちについカッとなってデスクを叩き、背後に向かって怒鳴る。

 俺の肩に後ろからのっしりと乗りかかりつつ、プリンシェイクと書かれたかわいらしい缶を差し出し、のんびりとした様子で揶揄ってくる残業の元凶。

 三初みはじめ 要かなめ
 四つ年下で、入社三年の後輩だ。

 それなりにガタイのいい俺にのしかかるバランスの取れた長身。ミディアムショートの柔らかなハニーブラウンの髪。スッと通ったどこか妖艶な瞳。しらじらと尖った鼻梁。

 それらを併せ持ちニヤニヤと酷薄な口元を晒す、テレビの中以外ではそうは見ないような美形。……ケッ。こいつの容姿をありのまま形容すると褒め称えているようで腹が立つ。

 それに引き換え、中身は無邪気な暴君。

 思いつきで他人を揶揄いやりたいように振る舞うくせに、悪意がないからか、それともそれらを全て払拭しても有り余るほど有能な男だからか、三初には誰も否と咎めないのだ。ことなかれ主義の腰抜け野郎どもめ。

 言っておくが、俺は一度だってコイツを特別扱いしてやったことなんかねぇ。

 俺は言う。
 それはもう容赦なくキレる。ふざけたことばかりしやがるのがムカつくから。

 ことの発端はなんの因果かこいつが入社し、俺のいる部署に入った時だ。

 文句を言われるのが気に食わないのか、三初に殊更に目をかけて揶揄われていた。

 そしてそのたびにブチギレていた俺は、三初を操縦できていると素っ頓狂な勘違いをされ──教育係として任命されてしまったのだ。

 ちくしょうめ。気色悪い勘違いだ。
 それでもたかだかイチサラリーマン。上司の命には逆らえない。

 それこそコイツのように初めてのプレゼンを資料からなにから一人でこなし、更にそれを企画として通して、その企画で大口契約をもぎ取るようなアホみたいなポテンシャルでもなければ、尻尾を振ってワンと鳴くしかないのだ。

 そういうわけで、俺はこの暴君の教育係として三年間、ずーっとツーマンセルを組まされている。

 そしてそれがまるごと、いつも俺の残業の理由なのだ。ファッキン三初。地獄へ落ちろ。




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