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第十話 悪魔様は人間生活がヘタすぎる

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「上司と話さねぇし飲み会行かねぇし無愛想でノリ悪くて、同期のグルチャハブられてんのにノーダメでさぁ。リアルで考えてつまんねぇヤツのタイトルみてぇなヤツだった」

「あ、あー……そうだけど、いきなり悪口過ぎませんかね?」

「ほらそういうとこ。気持ち悪ィ~。俺は戦わねぇヤツ大ッ嫌いだね!」


 急にそんなこと言われましても。

 お涙ちょうだい黒歴史だったのは九蔵だと言うのに、その九蔵がおっへぇと困り顔で話を聞かされ、なぜか追い出した側の玉岸が歯がゆそうに力説している。

 なんだこれ。どういう状況だ。あとできればあまり悪口を言わないでほしい。

 図星とはいえ面と向かってハッキリ自分の悪い部分を口にされると、少しはダメージを受けるのだが。ナイーブ若者世代。


「個々残っ! 俺がお前にやったこと、忘れたとは言わせねぇ……!」


 反応に困っていると、玉岸はバンッ! と片手をカウンターについた。

 よしわかった。さてはお主、飲んだら語るタイプだな? きっと明日の朝あたり後悔するはめになる。酒の勢いのあれこれにいいことなんてないのだ。

 そう脳内で警告しておいたところで、始まってしまえば止まらないもの。


「なんでそうやって平気な態度でいられるんだよ? たかだか数年で忘れられるって? 俺は結構やっただろっ。会社も人間関係も立場も真実もお前にとってはどうでもよくて、自分はどこでもやっていけるってことか? ふざけんなよマジで。俺はお前が嫌いだ。俺はいつだって必死だからな! だけどお前は省エネってやつで、いつだって必死じゃない。まぁそんなもんだよなって顔で流して笑って受け入れて興味なくて一人で器用で、それで、俺は、俺は……ッ俺ばっかりお前が嫌いだ! お前がやめてずっとずっとざまぁみろってドヤッて笑って見下して覚えて、俺ばっかり意識して……ッ俺ばっかりお前が嫌いなんだよッ! お前みたいなやつが大ッ嫌いだッ! でも俺が夢にまで見てどうにかしてやろうって追い出したところで、お前は夢の中ですら意識することなんかねぇんだろっ? それを思い出した時、現実のお前がどんなに落ちぶれていたとしても、俺からお前が離れない!」

「恋スか?」

「ナス、お口チャック」

「いい加減お前も俺を嫌ってくれよ! 出会い頭にブン殴れよ! 一生恨んでやるって根暗な目で睨みつければいいだろっ!」

「ドマゾスか」

「ナス」


 お口はしっかりチャックしておきなさい。これだからマイペース弟系男子は素で空気を破壊しようとする。

 酒の抜けない赤ら顔でガルルと語る玉岸に、どうあがいても反応に困る九蔵。おちょくり始める澄央。

 ……正直、彼の口から自分の話が語られるとは思わなかった。

 玉岸は人気者だった。
 部署内の誰とでも気さくに話していたし、男女問わず話しかけられてもいた。たぶん、そういうふうに努力していた。

 九蔵にはよく話す相手すらいなかった。
 恥ずかしながら、今の自分よりあの頃の自分はずっと穿ってひねくれていたから。

 物事を多少他人のせいにしそうなことなんて多々とあった。そういう根暗な人間だ。
 とてもじゃないが目の敵にされるほど存在感はなかっただろう。

 営業成績だって玉岸のほうが上。
 そりゃあ悪くはなかったが、それだけである。仕事はできた。以上。

 自分よりずっと上等で仲がいいわけでもなかった玉岸が、そんなふうに自分のことを思っていたとは、知らなかった。

 もう、とっくに朝である。

 土曜日の朝は平日より人気が少ない。
 玉岸の背景には犬の散歩をする老人がいて、ときおり車が通っていく。


「……俺は、お前さんが思っているような人間じゃあないですよ」


 ややあって、九蔵はポリポリと意味なく後頭部をかいてから視線を前に向けた。

 逃げることもできた。

 いつも通りなにも気にしていないと平気なフリをして「まぁそうかもしんねぇな、ごめん」とわかった顔で流すこともできた。

 真面目な話は苦手なのだ。
 どうせ酔っ払いの戯言だろう?

 そもそも酔うと語るタイプなんてめんどうじゃないか。なるべく巻き込まれず本音を飲み込んでゆとっていたい。

 しかし、九蔵はただ口を開いた。


「だってあの頃、ホントは助走つけてブン殴ってやりたかったからなぁ」

「はっ……?」


 自然に笑って、素直になった。




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