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第九話 スパダリ戦争 〜夏〜

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「私は先にとても不安だ。今がとびきり幸せだからだ。そんな気分になった時は、いつもオロオロ考えてしまう。明日の九蔵が私より魅力的な人を見つけてしまったらどうしよう? そう考えて、いち早くとびきりのいい男にならねばと焦るのだ。ドラマの中のすぱだりが自分よりずっともっと素敵に見えるから焦るのだ。すぱだりは、イケメン界の頂点だからね。私は一番になりたい。九蔵の好きなものランキングの一番になりたい」


 唇を尖らせて数度そっぽを向くニューイの頬は、遠目からでもほのかに赤いように見えた。

 全力で拗ねてもいるようだ。
 語っているうちに憧れのスパダリたちが憎らしくなってきたらしい。

 腕組みをしたまま「というか大人の余裕に容姿と財力と地位を持っていて、仕事も家事も恋愛もそつなくこなしながら適度に恋人に引かれない程度のかわいらしい弱点を醸し出すなんて……すぱだりはきっと悪魔である……!」と力説している。

 いやまぁ確かにスパダリ悪魔説は割と納得できるが、そうじゃなかろうて。

 ロマンスの世界のヒーローに本気で対抗しようとするニューイは、やっぱり人間とはズレた思考の悪魔だろう。


「ほほーん……」

「……あー……」


 興味深そうにニマニマホウホウとニューイのスパダリチャレンジ論を聞いた三藤と、なんでもない声をあげる九蔵。

 ワシワシと髪をかく。
 意味なんてない。こっちには。とりあえず。


「…………」


 そんな二人に聞かれているとは知らず力説するニューイの前で、当事者の凌馬は無言だった。

 反応のない凌馬に、ニューイが「リョーマ?」と首を傾げる。

 それでも無言だ。

 俯きプルプルと震え始める。
 なんだどうした。九蔵も首を傾げる。

 しかし凌馬は顔を上げずになにやらボソボソと言葉を発しているようで、よく聞こえなかったニューイが自分の耳に手を添え、改めて尋ね返す。


「……ゃもう……しょ」

「む?」

「……やもう……ぎるでしょ」

「なんだって?」


 その瞬間。


「──いやもう最高過ぎるでしょッッ!!」

「「え゛」」


 突然キレのある雄叫びをあげた凌馬が、ドゴンッ! と勢いよく額をぶつけてテーブルに突っ伏した。

 濁った声は九蔵と他の客だ。
 響き渡る轟音とシャウトに、当然周囲の視線がバッ! と一斉に集まる。

 それでも起き上がらない凌馬は、驚くこともなくショーンと眉を下げただけのニューイを前に──荒ぶった。


「なんなんもう理解できんのだがニューイさんなんなん性格良すぎる意味わからん。なんでそんな性格良いの? 混じりっけなしのいい人なの? はぁクソムカつくあんたがそんなんだから俺がクソ人格で死にたくなるじゃねぇかチクショウかっこいいんだよバカじゃねぇの世界バカばっかりバーカバーカもうバァァァァァカッッ! バカッ!」


 誰だ、あれは。
 棗 凌馬か? そんな馬鹿な。

 棗 凌馬はカフェでテーブルにヘドバンしながらあんな口汚く愚痴を撒き散らしたりしないはずだ。はずである。

 はずなのに、目の前で奇行に走る凌馬の姿は、まるで居酒屋で管をまくサラリーマンだ。ただのやさぐれ男じゃないか。

 ぐっにゃんぐっにゃんと上半身を揺らしてひたすら早口で雑に心中を語る凌馬を見つめて呆気に取られる。

 滅多なことでは驚かずすぐに順応する九蔵が、ポカーンと顎が外れんばかりに驚愕を浮かべた顔で硬直するほどの衝撃である。

 しかも覚えのある荒ぶり方だ。

 理解できないと語彙を失ったかと思えば急に理解しキレ散らかして、結局褒めちぎった挙げ句に投げやりになり軟体生物化する。


「あぁぁもうマジムリなんですけど全然好きなんですけど普通に殺意しか湧かんのにピュアピュアシャイニングすぎるから全然許せちゃう人間じゃねぇよベイビーだよ赤子だよ生まれたてだよ性根の賞味期限に余力ありすぎるんですけどはぁ~~~~やってらんね~~~~リスペクトがすぎる故にジェラ的炎でバーニングしたくなるぅ~~~~」

「……ぉっふ……」


 まさに、限界を迎えたオタクのそれ。

 わかりみがブラジル突破。

 似ても似つかないと思っていたスーパーアイドルの凌馬は、どうやらどうしようもなくどこぞの九蔵さんと似ているダメ男らしかった。




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