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第九話 スパダリ戦争 〜夏〜
09
しおりを挟む知らない間にあれこれ照れ臭い表現で言いふらされていたと後で知ったシャイボーイの心境なんて、一周回って仏像か土偶である。血の通わない無機物になるしかないじゃないか。
相当恥ずかしかったので、今のところ、最有力お説教プランの候補は顔が見えない背後からげんこつグリグリ。
九蔵のお説教プランは羞恥度でバリエーションがあるのだ。
弱点の頭蓋骨をこぶしで挟んで圧迫される上に九蔵の顔が見えないげんこつグリグリは、ニューイの苦手なお説教である。
九蔵の脳裏にはニューイが今夜げんこつを食らいべそをかく様が容易に浮かんでいた。
しかし撮影時の顔がいいな。
スタイルもダンチじゃないか。げんこつをする覚悟が揺らぐ九蔵。イケメンはズルい。
「「「…………」」」
(……? ……あ、あ~……ほらもうニューイがあんな紹介するから……!)
そうして勝手に甘っちょろくなる九蔵は、ふと周囲からいくつかチクチクと視線が集まっていることに気づいた。
そら見たことか。
撮影前にニューイが挨拶をする自分のあとを着いて「私の愛しいキティちゃんだぞ!」と自慢して回っていたせいで、注目を集めている。
挨拶するたび視線が増えるね! だ。
居づらいったらありゃしない。
「なぁもしかして、あのニューイの彼女」
「そうだな。割と、つか結構」
「役に立おっと、気が利くよなぁ……」
「要点覚えるの得意っぽいし、ニューイのサポート時間以外は歩くスケジュール帳としてタイムキーパー兼助っ人させるかな……」
「あぁ、みんな集中すると時間忘れるバカばっかりだしな……」
(ヒ、ヒソヒソされてる……ッ!)
基本的に裏方が性に合っている九蔵は、脳内でコロコロと転げまわった。
陰キャはヒソヒソされると冷や汗が出るのだ。きっと期待外れでガッカリされているに違いない!
九蔵は震えるが、表向きはニューイの顔以外を食い入るように見つめて素知らぬ顔をする。内心は死にかけである。
……まあ、実はこう、自慢されたことは嫌じゃあなかった。
正直ちょっと嬉しかった。
なら男は黙って耐えるのみ。南無三。でも帰ったらげんこつグリグリは絶対にしよう。
そうして表向きつつがなく撮影が進み、ちょうど最後の一枚を撮り終えた時だ。
「よーうあんた、特等席で見学とかわかってんなぁ!」
「っ……っ!?」
見計らったように爽やかな男の声が聞こえたかと思うと背後からぐっと肩を抱かれた九蔵は、泡を吹いて倒れそうになった。
その声の持ち主が誰か、すぐにわかったからだ。
いつの間にいたのやら。
彼の登場に気づいていなかったのは九蔵だけらしく、九蔵の時だけがピタッ! と止まる。
肩に回された腕は細くも筋肉質で自分より少し背が高い。
ツンと尖った鼻梁に煌めく双眸。
オレンジ混じりの金髪をフワリと整えた彼にチャームポイントの八重歯が覗くまばゆい笑顔を向けられ、網膜を焼かれそうになる。
「見かけない人だけど、あんた名前は? カメラの裏が一番楽しいことと、モデルのチョイス。俺と趣味合いそうだな」
──棗 凌馬。
今をトキメク若手アイドルグループのメンバーであり、俳優、モデルなどマルチに活躍する生で拝むことなど到底かなわないイケメンであった。
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