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第九話 スパダリ戦争 〜夏〜

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 ピキンと硬直する九蔵。
 無言でまじまじとこちらを見つめるプレイバックマウス社員スタイリストコンビ。
 空気を読めない浮かれポンチ。

 一瞬沈黙が訪れた場だが、デレレ~と頬を染める浮かれポンチは二人の前へズズイと九蔵を押し出す。


「ムフフフ……紹介しよう! 彼は今日から公の場でイチャイチャすることになったマイスウィートプリンセスこと個々残 九蔵である!」

「いいえ。私は今日からしばらくニューイさんのお仕事をアシストすることになったアルバイトの個々残 九蔵です」

「ぬっ!?」


 イエス社会的ノー恋人的。
 間髪入れず食い気味に自己を紹介しなおした九蔵は、丁重に頭を下げた。

 隣のニューイがガビン! と驚愕しているがいったんスルーだ。というかなぜ驚く。修正されるに決まっているだろう。

 そんな九蔵とニューイを前に、二人はしばしポカンとしていたが、ややあって同時に「ああ!」と声を上げてポンと拍子を打つ。


「あなたがあの恋人さんなのね!? セクシーとキュートを一人で兼ねてニューイくんを惑わせるっていうあの!」

「はい?」

「やっぱりあの恋人さん!? たまご焼き一つでニューイさんの胃袋を握りつぶすっていうあの!」

「はいっ?」

「うむ! あの毎秒かわいさワールドレコードを更新中の私の恋人である!」

「「キャ~~~~!」」

「…………」


 ──あのってなんですか。

 そのたった一声を上げられない九蔵は、キャッキャと盛り上がる三人を前にそっとメモ帳を取り出し、ニューイお説教予定回数の欄へキュッと正の字を刻むのであった。


  ◇ ◇ ◇


 それからコミュ障なりに振り絞った九蔵の涙ぐましい挙手により、なんとかお互いの自己紹介と業務連絡などを終えることができた。

 お口チャックの一言で黙らせられたニューイはこの世の終わりのような顔をしていたが、メイク担当のさっちゃん、衣装担当のなおちゃんになぜかパチパチと拍手をされた九蔵がいたたまれなくなったので、無言で解除した。もちろんお説教は軽くしたが。

 仕事場でイチャイチャはあちこちへ影響が及ぶためよろしくない。

 ニューイは脊髄反射で九蔵を愛でる子犬なのでキューンとしょげていたが、みだりにひっつかないと約束する。イイコである。

 九蔵にお説教されるニューイをおお~! と見ていた二人にも改めて謝ると、快く無罪にしてくれた。


「気にしないで! 彼女だと思ってたからちょっと反応遅れちゃったけど大丈夫! ニューイくんなら開幕ハグとかやりかねないし、むしろ洋画バリのキスが始まらなかったことにびっくりだわ。仕事中と社外の人がいる時はダメだけど、現場だけならいいわよ!」

「そうそう。だって現場のみんなニューイさんから散々ノロケ話聞かされてるもんね~。恋バナ好きすぎてよく女性スタッフのお茶休憩に参加してるし」

「ね~。普通男の人いると話しにくい話題とかあるのに、ニューイくんは興味津々で聞いてくるからなんか許しちゃう」

「わかる! 彼氏とか旦那の話する時前傾姿勢で食い気味に聞いてくるよね! なんかもう存在がマスコットっていうか、見てるだけで笑える。いや~最初はどえらいイケメンが来て性格もいいとか凄いって思ってたのに時が経つにつれてね~!」

「わかる~!」


 ……うん。もうなにも言うまい。

 ねー! と盛り上がる女性二人と素直に喜ぶニューイを前に、悟りを開いた九蔵は仏スマイルで「なるほど。よかったです。ありがとうございます」と定型文を唱えていた。

 職場での彼氏さんの評判がよくて、九蔵さんは嬉しい。

 例えゆるキャラ化してようが中身の親しみやすさがイケメンオーラを上回っていようが、仲良きことは良きことなり。


「むぅ……私としてはイケメンオーラを上回ってほしくないのだが……すぱだりは存在がイケメン。なにをしていてもイケメン。イケメン力を鍛え、そして何れは私もあの……!」

「? なにブツブツ言ってんだ?」

「! な、なんでもないである!」

「うんそれなんかある時の誤魔化し方ですよね」




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