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第七話 男たちのヒ・ミ・ツ

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 見てのとおり、酔ったニューイは聞き分けのいい王子様ではなかった。

 傲慢でオレ様で底意地が悪く、気に入っている相手をそばに置いてなにがなんでもかわいがりたがるワガママな悪魔そのもの。

 九蔵を追い詰めて笑う。
 酔うと本性が剥き出しになるところは九蔵と同じなのに、ニューイには自覚がないので質が悪い。


「無理なもんかよ。説明しろよ。ズーズィより俺と飲む酒のほうが断然うまいのに、あの写真はなんだ? え? 誰がオマエに触ってもいいけど俺が一番触ってなきゃダメだろ? ダメだよ」

「や、なんで怒ってん、の?」

「誘惑に負けたって、なに? 俺がイイコで我慢してるってのに、オマエは我慢できなかったってこと? ハッ。酷い男だなぁ、オマエ。悪魔みてぇな男」

「うっ……そ、それはごめんて……」

「許さねぇ。目ぇ逸らすな?」

「いやだ~……もうそれ、やぁだよぉ……意地悪ぃとこ、早く隠してくださいぃ……」

「無理。なんか出ちまう。それもぜぇんぶオマエの罪。オマエが悪ぃの」

「俺、帰る、帰りてぇ」


 記憶がなくならなくとも酔うと甘ったれて平気なフリができなくなる質の悪い九蔵は、ぐでぐでと体を捻って抵抗した。

 不機嫌なニューイはそれを許さない。
 九蔵はニューイの追求から逃れたい。

 ふざけた言い分。しばし酒に溺れた飲んだくれの顔を二つ突き合わせて、子どもじみた言い合いをする。

 お互いにまともじゃなかった。
 残念ながら、へべれけだ。


「やだよ、ニューイもういやだ」

「だぁから嫌な理由を説明しなって。勝手に外出て、触らせたくねぇって、全部言えよ。言えったら」

「言いたく、ない」

「チッ、クソガキ……頑なにやだやだすんな。ちゃんと言わねぇとわかんねぇだろ。特にオマエは、ホント、俺にゃ考えてもわかんないね」

「っ……バカ。ばぁかぁ。そゆとこバカ」

「? 九蔵?」


 口の悪いニューイの苛立った当てつけに、九蔵はへにょ、と眉を下げて脱力した。

 名前を呼ばれても返事はしない。
 嫌味に聞こえるニューイの言葉は、素直なニューイの言葉だ。余裕がある。

 瞬きひとつぶん泣きたくなった。

 もちろん泣かない。
 泣かない理由も、いまひとつ、よくわからない。泣きたくはある。


「なんも言わないくせに、ズリぃよ」

「俺が?」


 ニューイはキョトンと首を傾げた。

 この隙に湯の中から腕を上げてニューイの肩を押すが、ビクともせず。細マッチョめ。着痩せしおって。憎たらしくて恨めしい。

 骨と肉感のハイブリッドな九蔵は顔をへちゃむくれさせ、酒気帯びの息を吐く。


「お前こそ、人に言えませんですよ~……夜中に出かけんのバレバレ」

「え」

「まぁ浮気は違うと思うけど、でも、酷ぇだろ? 俺は行ってきますって、行ってほしぃんです。知らないのは、いやだ」

「は、そこか? 場所とか、内容は?」

「そんなん別にいーよー……あとは、お前のすごーく、内側の話も不満」

「っ……ン」


 首筋をスス、となぞる。
 熱の篭った指先で、丁寧に。

 ニューイの脈がトクリと震える。逃げまくっていた九蔵に素肌を触られて、体温が上がったらしい。かわいい恋人。

 だがもう一つ、欲しい。


「もっと醜い、言葉で言って」


 トン、と胸を突く。
 動揺に揺れたルビーの瞳に、頬を緩ませる九蔵の姿が写っていた。

 ちょっと茶目っ気混じりな心の広い理解のある恋人として、いつも九蔵を肯定し、冷静を装った言い方で詰るのをやめろ。
 酔わなきゃ言えないのか? なら今言ってくれ。酔ってるだろ?

 九蔵はそう言っただけだ。
 特別なことはなにもない。


「……言ってもいいのかね」

「ふ、知んねーよー。なんも言われたこと、ねーもんでさ」

「俺、言えねぇな」

「この期に及んで、ばっかじゃねぇのー……んじゃ触んねぇでぇ」

「でも、触りてぇよ」

「もぉこの酔っぱらいいやですぅ~」


 プッと吹き出した。
 やーいワガママ。

 舌を伸ばして頬を舐めようと首を伸ばすニューイに、九蔵はワハワハと笑って触られないように押しやる。

 まさかあれだけ酷い言い方をして九蔵をなじったのに、更に醜さを求められるとは思わなかったらしい。

 そしてそれでいいと言われているのに、ニューイはやはり言えないと言う。ほら、かわいい恋人だ。


「酔ったら普通、言えるだろー?」

「ここはワインとビールしかねぇよ」

「わは。飲んでみ」

「なら、ビール……昔のクラフトビールだから、あんま、わかんねぇけど」


 ニューイの手振りでどこからともなく飛んできたビール瓶を、ニューイは雑に一本飲み干して空き瓶を投げた。

 が、それでもダメらしい。

「九蔵、言えねぇ」と言ってベロベロと耳の裏や頬、顎を舐める。獰猛な猛禽類からピヨピヨの小鳥に戻ったみたいだ。
 官能的な舐め方をするのは、もう逃がさない、という意思表示だろう。

 けれど感じさせるのは首から上だけで、服の下をまさぐることはなかった。

 思えば服を脱がせずにバスタブへ沈めたのも、九蔵が裸を見られたくないと言っていたのでギリギリ堪えた結果なのかもしれない。

 ベロベロに酔っているくせに、九蔵が本気で嫌だと言ったことは覚えていた。
 律儀に守って、そのぶんヤキモキモンモンと欲望を燻らせている。


「なぁ、言えねぇけど、いいだろ……? 俺もなにも聞かないから……お願いだよ」

「っ……ん……」


 そんなニューイに酒の誘惑を我慢できなかっただらしのない身体でよければ触らせてあげたい気が、フニャフニャ疼いた。

 恥ずかしくて情けないが……結局、九蔵には〝惚れた弱み〟という不治の致命傷が心臓にくっきりこさえられているのだ。

 それをあーだこーだ長引かせただけ。

 太ったことを気にして筋トレしていることとか、それを言いたくないことだとか。要するに男のプライド由来のヒミツを明かしたくないせいで、拗れた。


(……ニューイが自分で無断外出のこと白状したら、好きにされちまおうかなぁ……)


 で、たいてい気づいたほうが折れてやることになるのが定石というもの。

 毎度バカバカしい話である。




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