上 下
268 / 462
第六話 敗北せよ悪魔ども!

20

しおりを挟む


 本日はバレンタイン当日。

 つまり今夜あたり渡す予定の本番チョコを作成する、運命の日だったのである。

 いやはや、ここまで長かった。

 澄央というハラペコフレンドと味見はもちろん失敗品、完成品を全て横領するほの暗い契約を交わし、部屋から出ずに材料を調達。

 ニューイが仕事に行っている間にコソコソと練習を重ね、なんとか問題なく完成させられるようになったのだ。我ながらあっぱれと賞賛したい。

 ちなみに肝心のメニューは熟考の末、ホワイトチョコのレアチーズケーキにした。

 九蔵のうちのレンジはオーブンレンジではなかったからだ。焼かないレシピを探した結果である。

 それにニューイは普通のチョコよりも、ホワイトチョコのほうが好きな気がする。

 知らず知らず食事の好みを気にかけていたとは。意外とニューイを見ていたらしい。

 ニューイを放置し続けて当然の愛情に胡坐をかいていた自分を嘆いたものの、どん底自己嫌悪に沈まなくてよかった。

 おかげで自分を見限らずに済んだ九蔵。

 ニューイとのんびり過ごし澄央とズーズィに茶化されてから復活して真っ先に始めたことは、このチョコケーキの練習だ。

 やっぱり練習は欠かせない。ぶっつけ本番の間に合わせなんてナンセンス。


(愛情表現下手くそオタクは、金か物量で日頃の感謝を伝えるしかねーんだ。完成度は重要な要素……!)


 性格上、石橋を叩いて叩いて「あと一歩進めば崩れるんだ絶対死ぬんだ」と思いながらヒイヒイと匍匐前進する九蔵は、ホッと心から安堵した。

 こうしてアルバイトが休みにならなければ準備期間が足りなくて夢のバレンタインは叶わなかったと思う。

 危うくリアクションに困る品物を渡すところだった。味見役の澄央曰く、初ケーキは〝特別美味しくはないが食べられるしマズくもない普通の手作りケーキ〟らしい。

 器用故の地味なオチ。
 ある意味一番笑えない。


(でもほんと、一人で滑り込みは無理だった……全部ハンパするよりは残りを捨てたり置いておいたりしてでも、一番やりたいこときっちりしときゃよかったんですよねぇ……)


 ケーキを手作りすると予想以上に金がかかることを知ったが、自己採点では赤点回避といった結果だろう。

 九蔵は完成したケーキを百円均一の箱に入れてそーっと冷蔵庫にしまい、パタンと扉を閉めた。

 心なしか口角が上がり、体も軽い。
 誰も見ていないのをいいことにてっぽてっぽとスキップなんてしながら部屋に戻る。

 この達成感。最高だ。
 一歩進んだという事実はいかな九蔵と言えど、心にガッツポーズを送りたい代物である。やったぜ。

 さてさて。ニューイと今夜バレンタインイベントを楽しく過ごせたら、バイトに復帰するために悪魔の相手でもするとしよう。

 もともと多弁でもなし。
 食に頓着もなし。

 筆談の手間とバイトに必要なことを除けば思っていたより問題はなかったものの、ニューイが気にするとかわいそうだから取り戻さねば。

 自分よりニューイを引き合いに出したほうがやる気が出る。

 ニューイが落ち込むと自分は前向きに励まそうという気になるし、根っから受け身な順応体質も多少は能動的になれた。やはり推し活は楽しい。


「~~♪」


 声こそ出せないがスーハーヒーと吐息くらいは出せる。

 近年まれにみる浮かれポンチなウキウキ九蔵は、文字通りの鼻歌を歌いつつエプロンを外し、ベッドにゴロンと横になった。

 家事も午前中に終わらせてケーキ作りも完了したなら、夕飯の支度までは呑気にニューイの帰りを待つことにしよう。

 ああ素晴らしきバレンタイン。
 シャイ御用達のラブイベント。

 そうしてデフォルトフェイスがジト目陰気顔ノリ悪しな九蔵が達成ハイによりニマニマとニヤケきり、ゴロンと寝返りを打った時だ。


「お邪魔しています」

「…………」


 なにやら見覚えのあるガチムチ悪魔がちゃぶ台のそばで正座をしながら挨拶をする姿に、九蔵の表情はスン、と冷めきった。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】君に愛を教えたい

隅枝 輝羽
BL
何もかもに疲れた自己評価低め30代社畜サラリーマンが保護した猫と幸せになる現代ファンタジーBL短編。 ◇◇◇ 2023年のお祭りに参加してみたくてなんとなく投稿。 エブリスタさんに転載するために、少し改稿したのでこちらも修正してます。 大幅改稿はしてなくて、語尾を整えるくらいですかね……。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

朝目覚めたら横に悪魔がいたんだが・・・告白されても困る!

渋川宙
BL
目覚めたら横に悪魔がいた! しかもそいつは自分に惚れたと言いだし、悪魔になれと囁いてくる!さらに魔界で結婚しようと言い出す!! 至って普通の大学生だったというのに、一体どうなってしまうんだ!?

処理中です...