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第六話 敗北せよ悪魔ども!
16(side?)
しおりを挟む──同時刻・狭間空間。
『オレを忘れてお前らがイチャつくんじゃなぁぁい!』
バードバスの水面に映る九蔵とニューイを見る悪魔姿のドゥレドは、鱗付きの毛皮に覆われた熊の手で頭をガシガシと掻いた。
ここはドゥレドの秘密基地だ。
ドゥレドは空間を操る。
同じく空間を操るズーズィは切れ目を入れ意のままに移動するが、それはできない。性質が違うからだ。
ドゥレドができるのは空間を固定したり、歪めたり、狭間空間に秘密基地を作ること。うまい屋で九蔵の前から消えた時は移動したのではなく、この秘密基地に入っただけだった。
汎用性は低いものの、性質の強さはこちらが上である。
空間の切り貼りより、空間を作れるドゥレドのほうが圧倒的に強い。あんな性根のねじくれた嗜虐趣味のネズミには負けない。
この空間も、シェルターとしてなら最強に近いだろう。
外界と隔絶された秘密基地の場所は、ドゥレド以外の誰にもわからないからだ。
右も左も空間に覆われているが、ドゥレド自身やその他の物質はハッキリと見える。黒い画用紙に貼り付けたシールのように。
あとは黒い空間の全てが出入口であり全てが壁ということぐらいか。
広く見えて狭く、また広い。
アベコベは悪魔の世界の常識なのだ。
というか、悪魔だけの常識なのだ。
『クゾウ、お前は人間じゃないのか……!?』
鱗クマ種の悪魔なドゥレドはその巨体をズゥンッ、と床にひれ伏して丸くし、コロンコロンと転がった。
『理解できん! 舌と声を奪われれば普通は必死に取り返そうとするはず。一度は確かにベコベコに凹んだだろう? あれが弱い人間のあるべき姿。正しい反応だ。クゾウは正しくベコベコになるべき』
ガバッと起き上がり、うんうんと頷く。
巨大なクマさんは座り込み腕を組む。
『バードバス型望遠鏡は、声が聞こえない。しかしオレは心のブレた声は見える。クゾウはブレッブレだ。表情や呼吸や仕草はあれほどうまく取り繕うくせに、内側は愚かなほど繊細で摩擦に弱い』
耳の後ろをワシワシと掻き、その手をペロペロと舐めて毛づくろうドゥレド。愛すべきクマさん形態。
ドゥレドは悪魔姿の自分を心底愛らしいと自負している。悪魔はたいていナルシストである。
『そんなクゾウのブレを読むに、〝もうおしまいだ〟〝バレンタインチョコが作れなかった〟〝店長に迷惑をかけたしバイトも休むなんてみんなにどう思われるか〟〝声がないと伝えられない〟〝舌がないと頑張れない〟〝役立たずのダメ人間だ〟と、なにやら嘆いてばかりだったぞ?』
言いながら、ドゥレドはのっしりと立ち上がった。
『ニューイはニューイで自分のポンコツさを嘆き、なんとしてもオレからクゾウを取り戻さねば申し訳が立たないとドツボにハマっていた』
「…………」
『なのに! ニューイが泣き、クゾウはしがみついた! クゾウがニューイを照れさせ、ニューイはクゾウしか見えなくなった!』
「…………」
『これはどういうことなんだ? おかげで心のブレがなくなり、あいつらの真意がわからない。が、追いかけようとしないのだからオレを無視することだけはわかる! 取り戻さねばならないものを放置しておけるなんて、アベコベだっ。理解できないっ』
のっしのっしと歩きたどり着いた鳥かごの前で、不満たっぷりに唸り声をあげる。
ドゥレドが見えるのは真っ直ぐな思考の寄り道。揺らぎ。悩みや迷いは筒抜けだ。
嘘や騙しは通用しないが、シンプルな思考や揺れない覚悟を決められると途端になにも見えなくなる。
九蔵に呪いを使った瞬間ニューイに気づかれ追いかけられると思ったのに二人して無視されると、ドゥレドは腹立たしくてたまらない。
『なんて勝手なやつらだ!』
「おまいう」
フンッと鼻息荒く恨むドゥレドに、鳥かごの中に浮かぶ球体──九蔵の舌と声の融合体が、冷静なツッコミを入れた。
実はずっといたのだ。
そして間違いなく九蔵本人でもある。
舌ごともぎとったせいで全身を巡る魂の器も舌を巡るぶんがもぎとられ、九蔵の魂が微かに分離してしまったのであった。
便宜上、舌蔵と名乗っている。
というか命名された。誠に遺憾である。
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