上 下
264 / 462
第六話 敗北せよ悪魔ども!

16(side?)

しおりを挟む


 ──同時刻・狭間空間。


『オレを忘れてお前らがイチャつくんじゃなぁぁい!』


 バードバスの水面に映る九蔵とニューイを見る悪魔姿のドゥレドは、鱗付きの毛皮に覆われた熊の手で頭をガシガシと掻いた。

 ここはドゥレドの秘密基地だ。
 ドゥレドは空間を操る。

 同じく空間を操るズーズィは切れ目を入れ意のままに移動するが、それはできない。性質が違うからだ。

 ドゥレドができるのは空間を固定したり、歪めたり、狭間空間に秘密基地を作ること。うまい屋で九蔵の前から消えた時は移動したのではなく、この秘密基地に入っただけだった。

 汎用性は低いものの、性質の強さはこちらが上である。
 空間の切り貼りより、空間を作れるドゥレドのほうが圧倒的に強い。あんな性根のねじくれた嗜虐趣味のネズミには負けない。

 この空間も、シェルターとしてなら最強に近いだろう。
 外界と隔絶された秘密基地の場所は、ドゥレド以外の誰にもわからないからだ。

 右も左も空間に覆われているが、ドゥレド自身やその他の物質はハッキリと見える。黒い画用紙に貼り付けたシールのように。

 あとは黒い空間の全てが出入口であり全てが壁ということぐらいか。
 広く見えて狭く、また広い。

 アベコベは悪魔の世界の常識なのだ。
 というか、悪魔だけの常識なのだ。


『クゾウ、お前は人間じゃないのか……!?』


 鱗クマ種の悪魔なドゥレドはその巨体をズゥンッ、と床にひれ伏して丸くし、コロンコロンと転がった。


『理解できん! 舌と声を奪われれば普通は必死に取り返そうとするはず。一度は確かにベコベコに凹んだだろう? あれが弱い人間のあるべき姿。正しい反応だ。クゾウは正しくベコベコになるべき』


 ガバッと起き上がり、うんうんと頷く。
 巨大なクマさんは座り込み腕を組む。


『バードバス型望遠鏡は、声が聞こえない。しかしオレは心のブレた声は見える。クゾウはブレッブレだ。表情や呼吸や仕草はあれほどうまく取り繕うくせに、内側は愚かなほど繊細で摩擦に弱い』


 耳の後ろをワシワシと掻き、その手をペロペロと舐めて毛づくろうドゥレド。愛すべきクマさん形態。

 ドゥレドは悪魔姿の自分を心底愛らしいと自負している。悪魔はたいていナルシストである。


『そんなクゾウのブレを読むに、〝もうおしまいだ〟〝バレンタインチョコが作れなかった〟〝店長に迷惑をかけたしバイトも休むなんてみんなにどう思われるか〟〝声がないと伝えられない〟〝舌がないと頑張れない〟〝役立たずのダメ人間だ〟と、なにやら嘆いてばかりだったぞ?』


 言いながら、ドゥレドはのっしりと立ち上がった。


『ニューイはニューイで自分のポンコツさを嘆き、なんとしてもオレからクゾウを取り戻さねば申し訳が立たないとドツボにハマっていた』

「…………」

『なのに! ニューイが泣き、クゾウはしがみついた! クゾウがニューイを照れさせ、ニューイはクゾウしか見えなくなった!』

「…………」

『これはどういうことなんだ? おかげで心のブレがなくなり、あいつらの真意がわからない。が、追いかけようとしないのだからオレを無視することだけはわかる! 取り戻さねばならないものを放置しておけるなんて、アベコベだっ。理解できないっ』


 のっしのっしと歩きたどり着いた鳥かごの前で、不満たっぷりに唸り声をあげる。

 ドゥレドが見えるのは真っ直ぐな思考の寄り道。揺らぎ。悩みや迷いは筒抜けだ。

 嘘や騙しは通用しないが、シンプルな思考や揺れない覚悟を決められると途端になにも見えなくなる。

 九蔵に呪いを使った瞬間ニューイに気づかれ追いかけられると思ったのに二人して無視されると、ドゥレドは腹立たしくてたまらない。


『なんて勝手なやつらだ!』

「おまいう」


 フンッと鼻息荒く恨むドゥレドに、鳥かごの中に浮かぶ球体──九蔵の舌と声の融合体が、冷静なツッコミを入れた。

 実はずっといたのだ。
 そして間違いなく九蔵本人でもある。

 舌ごともぎとったせいで全身を巡る魂の器も舌を巡るぶんがもぎとられ、九蔵の魂が微かに分離してしまったのであった。

 便宜上、舌蔵したぞうと名乗っている。
 というか命名された。誠に遺憾である。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸
BL
 サラリーマンである神田 理人はただ、いつもと変わらない自分という存在の紡ぎだす人生というものに、味気ないと感じていた。  分かり切った自分という人間、変わらない風景、何が起こっても固執したように同じ毎日を過ごす自分。そんなものに嫌気がさしているのに、気がつかないふりをして、日々を過ごしていた。  しかしある日、帰宅してすぐ異変に気がついた。光り輝くアパートの自室、異様な状態にすぐさまその場を離れようとしたが、何かに引き込まれて光の中に落ちていった。  目を覚ますと、そこには不気味で宗教チックな光景が広がっていて、泣きわめく同じ状況の青年が一人。  現地人から、召喚されたという事実と不思議な儀式を遂行するように言われるが、体がなぜか幼く白髪に代わっていて?!  シリアスな要素強めなBLです。カップルが二組できます。主人公は受けですが、吸血鬼です。序盤は少々ナオくんがうざったいですが、不憫な子です。悪い子じゃないんです。すみません。ナオくんも受けです。  しっかりがっつり、R-18パートが入ってきますが、エロばかりというわけでもありません。そこそこエロい程度です。また、主人公が吸血鬼という特性上、若干カニバリズムを感じるかもしれません。ご注意ください。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

処理中です...