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第六話 敗北せよ悪魔ども!
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しおりを挟むトラブル続きで収拾不能。
九蔵がバレンタインを知ったかしてしまったことは、舌と声がなくとも消える問題じゃないのだ。
声が出せたうちに素直に謝っておけばよかったのに、ぬか喜びさせて後に引けず、行き当たりばったりでどうにかしようとした。
どうしようもなくなってから考えると、冷静に気がつく。
おたおたと間に合わせで作った贈り物なんて、好きな人に愛を伝えるイベントの贈り物にはなりやしない。
そんな簡単なことにも気づかず悩み、挙句になんの意味があるのか悪魔に目をつけられて予定が狂い、半日も経たずにバレンタインは確定おじゃんだ。
ニューイを泣かせてしまった。
たぶんもう一度泣かせる。
だって自分は、バレンタインチョコなんか作ったことがない。
味がわからないと味見はできない。不格好なチョコは渡せない。
だから無理だ。絶対作れない。
作りたかったけれど、頑張ろうとしたけれど、これはもう仕方がない。仕方がないのだ。そうだろう?
自分のせいじゃない。
めいっぱいやろうとしたじゃないか。
(舌がねぇと味がわからねぇんだ。時間も自信もねぇんだ)
(作ったことないお菓子を一発勝負でなんか、作れねぇよ)
「…………」
──そういう問題じゃねぇだろうが。
自分を殺したくなった九蔵は、喉の奥でヘドロのような感情を濁した。
なんて無様なバカヤロウ。
やってもできなかっただろうしやってみることもできないのだから勘弁してくれと、この後に及んで、逃げ場を探す。
思考の沼に囚われた。
もう身動きができない。
やりたいこと、やらねばならないことがあって、それが全部うまくできない自分のことが不甲斐なくて情けなくなる。
情けないと頭が回らない。
解決しなければならない問題はわかるが、解決策はわからない。
あれもこれもとなんとかしようと足掻いた結果、あれもこれもなんともできず、ダメ人間は優しい悪魔にポーンと丸投げ。
だってニューイは怒らないから。トラブルに気を取られて九蔵のミスになんて気がつかないだろう。
ドゥレドがいなくても変わらないのだ。
だから、どうしていいかわからない。
つまり、声を奪われていなかったところで九蔵はチョコレートを作れなかったし、ドゥレドを対処できなかったし、不安定なニューイに声をかけてやれなかった。
九蔵はいつもそう。
そんな九蔵の行動の末で、ニューイはいつも割を食う。
ニューイがいいんだと笑ったクリスマスの朝に救われて、いいのかと甘えてしまっていたが、ニューイだけがいいんだと笑う生活なんて、九蔵は嫌だと青ざめた。
そのためにせめて、バレンタインを間に合わせたかったのに。
──どうせこうなるなら、素直に忘れたとなぜ言わなかったのか。
(最大級愛してくれてるニューイの愛に、俺も本気で愛してるって、胸を張って言えなくなっている気がしたんだよ)
(万が一にでも、ニューイに嫌われたり悲しませたり、したくなかったんだ)
──マズイとわかったのなら、もっと早く必死に動けばよかったものを。
(動きたかった。夜中にでもコッソリ材料買ってチョコの練習して、巻き返したかったに決まってる)
(でも……バイトはしねぇと、金ねぇし。シフト変えてもらったら迷惑だろ?)
(俺は〝恋人にバレンタインチョコ作りたいから〟って……そんなワガママに、生きれねぇんだ)
自問自答の繰り返し。沈黙の帰路を、重い足で歩く。グールグールと鬱陶しい。
とりあえずチョコを作らなければ。
とりあえず働かなければ。
こちらは忙しいと言うのに、悪魔は勝手にやってきて問題を抉り込む。イライラして投げやりだ。疲れる。コンチクショウ。
けれど、そう。
本当は、わかっている。
悪いのは、自分の性根だ。
九蔵がニューイと同じくらい愛情深くニューイを意識していれば、バレンタインを忘れたりしなかった。
むしろ浮ついた意識で早く早くと準備をしていたかもしれない。
なら間際に焦ることはなかった。アルバイトがあろうが悪魔が来ようが、当日に渡すだけだったのだから。
クリスマスはそうできていた。
めいっぱい意識していたからだ。ニューイと過ごす初めてのクリスマスを、素敵な日にしたいと、愛おしく。
バレンタインを意識していなかったのは、ニューイに贈ろうと考えてなかったから。
バレンタインに囚われている今は、ニューイに嫌われるかもしれないと焦っているから、しがみついている。
簡潔に、残酷に。
自分は〝ニューイを喜ばせたい〟のではなく〝ニューイに嫌われたくない〟から、打算と下心で、ノルマをクリアしたがっている。
全てはこの心の、不徳の致すところ。
全部全部、この私の。
『ごめんよ、九蔵……』
「っ」
『九蔵が奪われたのは、私のせいだ……守れなくて、ごめんよ……』
(それだけは──違う……っ!)
涙目のニューイの謝罪が脳に届き、九蔵は無意識にニューイの奇怪な手をキュ、と柔らかく握った。
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