260 / 462
第六話 敗北せよ悪魔ども!
12
しおりを挟むトラブル続きで収拾不能。
九蔵がバレンタインを知ったかしてしまったことは、舌と声がなくとも消える問題じゃないのだ。
声が出せたうちに素直に謝っておけばよかったのに、ぬか喜びさせて後に引けず、行き当たりばったりでどうにかしようとした。
どうしようもなくなってから考えると、冷静に気がつく。
おたおたと間に合わせで作った贈り物なんて、好きな人に愛を伝えるイベントの贈り物にはなりやしない。
そんな簡単なことにも気づかず悩み、挙句になんの意味があるのか悪魔に目をつけられて予定が狂い、半日も経たずにバレンタインは確定おじゃんだ。
ニューイを泣かせてしまった。
たぶんもう一度泣かせる。
だって自分は、バレンタインチョコなんか作ったことがない。
味がわからないと味見はできない。不格好なチョコは渡せない。
だから無理だ。絶対作れない。
作りたかったけれど、頑張ろうとしたけれど、これはもう仕方がない。仕方がないのだ。そうだろう?
自分のせいじゃない。
めいっぱいやろうとしたじゃないか。
(舌がねぇと味がわからねぇんだ。時間も自信もねぇんだ)
(作ったことないお菓子を一発勝負でなんか、作れねぇよ)
「…………」
──そういう問題じゃねぇだろうが。
自分を殺したくなった九蔵は、喉の奥でヘドロのような感情を濁した。
なんて無様なバカヤロウ。
やってもできなかっただろうしやってみることもできないのだから勘弁してくれと、この後に及んで、逃げ場を探す。
思考の沼に囚われた。
もう身動きができない。
やりたいこと、やらねばならないことがあって、それが全部うまくできない自分のことが不甲斐なくて情けなくなる。
情けないと頭が回らない。
解決しなければならない問題はわかるが、解決策はわからない。
あれもこれもとなんとかしようと足掻いた結果、あれもこれもなんともできず、ダメ人間は優しい悪魔にポーンと丸投げ。
だってニューイは怒らないから。トラブルに気を取られて九蔵のミスになんて気がつかないだろう。
ドゥレドがいなくても変わらないのだ。
だから、どうしていいかわからない。
つまり、声を奪われていなかったところで九蔵はチョコレートを作れなかったし、ドゥレドを対処できなかったし、不安定なニューイに声をかけてやれなかった。
九蔵はいつもそう。
そんな九蔵の行動の末で、ニューイはいつも割を食う。
ニューイがいいんだと笑ったクリスマスの朝に救われて、いいのかと甘えてしまっていたが、ニューイだけがいいんだと笑う生活なんて、九蔵は嫌だと青ざめた。
そのためにせめて、バレンタインを間に合わせたかったのに。
──どうせこうなるなら、素直に忘れたとなぜ言わなかったのか。
(最大級愛してくれてるニューイの愛に、俺も本気で愛してるって、胸を張って言えなくなっている気がしたんだよ)
(万が一にでも、ニューイに嫌われたり悲しませたり、したくなかったんだ)
──マズイとわかったのなら、もっと早く必死に動けばよかったものを。
(動きたかった。夜中にでもコッソリ材料買ってチョコの練習して、巻き返したかったに決まってる)
(でも……バイトはしねぇと、金ねぇし。シフト変えてもらったら迷惑だろ?)
(俺は〝恋人にバレンタインチョコ作りたいから〟って……そんなワガママに、生きれねぇんだ)
自問自答の繰り返し。沈黙の帰路を、重い足で歩く。グールグールと鬱陶しい。
とりあえずチョコを作らなければ。
とりあえず働かなければ。
こちらは忙しいと言うのに、悪魔は勝手にやってきて問題を抉り込む。イライラして投げやりだ。疲れる。コンチクショウ。
けれど、そう。
本当は、わかっている。
悪いのは、自分の性根だ。
九蔵がニューイと同じくらい愛情深くニューイを意識していれば、バレンタインを忘れたりしなかった。
むしろ浮ついた意識で早く早くと準備をしていたかもしれない。
なら間際に焦ることはなかった。アルバイトがあろうが悪魔が来ようが、当日に渡すだけだったのだから。
クリスマスはそうできていた。
めいっぱい意識していたからだ。ニューイと過ごす初めてのクリスマスを、素敵な日にしたいと、愛おしく。
バレンタインを意識していなかったのは、ニューイに贈ろうと考えてなかったから。
バレンタインに囚われている今は、ニューイに嫌われるかもしれないと焦っているから、しがみついている。
簡潔に、残酷に。
自分は〝ニューイを喜ばせたい〟のではなく〝ニューイに嫌われたくない〟から、打算と下心で、ノルマをクリアしたがっている。
全てはこの心の、不徳の致すところ。
全部全部、この私の。
『ごめんよ、九蔵……』
「っ」
『九蔵が奪われたのは、私のせいだ……守れなくて、ごめんよ……』
(それだけは──違う……っ!)
涙目のニューイの謝罪が脳に届き、九蔵は無意識にニューイの奇怪な手をキュ、と柔らかく握った。
10
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました
中七七三
恋愛
わたしっておかしいの?
小さいころからエッチなことが大好きだった。
そして、小学校のときに起こしてしまった事件。
「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」
その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。
エッチじゃいけないの?
でも、エッチは大好きなのに。
それでも……
わたしは、男の人と付き合えない――
だって、男の人がドン引きするぐらい
エッチだったから。
嫌われるのが怖いから。
【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで
あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。
連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。
ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。
IF(7話)は本編からの派生。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。
ぽんぽこ狸
BL
サラリーマンである神田 理人はただ、いつもと変わらない自分という存在の紡ぎだす人生というものに、味気ないと感じていた。
分かり切った自分という人間、変わらない風景、何が起こっても固執したように同じ毎日を過ごす自分。そんなものに嫌気がさしているのに、気がつかないふりをして、日々を過ごしていた。
しかしある日、帰宅してすぐ異変に気がついた。光り輝くアパートの自室、異様な状態にすぐさまその場を離れようとしたが、何かに引き込まれて光の中に落ちていった。
目を覚ますと、そこには不気味で宗教チックな光景が広がっていて、泣きわめく同じ状況の青年が一人。
現地人から、召喚されたという事実と不思議な儀式を遂行するように言われるが、体がなぜか幼く白髪に代わっていて?!
シリアスな要素強めなBLです。カップルが二組できます。主人公は受けですが、吸血鬼です。序盤は少々ナオくんがうざったいですが、不憫な子です。悪い子じゃないんです。すみません。ナオくんも受けです。
しっかりがっつり、R-18パートが入ってきますが、エロばかりというわけでもありません。そこそこエロい程度です。また、主人公が吸血鬼という特性上、若干カニバリズムを感じるかもしれません。ご注意ください。
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる