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第五話 クリスマス・ボンバイエ

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 ハラペコな澄央に悪気はない。
 しかしそれをわかっているのは、九蔵とニューイだけである。


「笑い猫! 変わり者の笑い猫だ」

「なんでアイツが女王様のタルトを?」

「招待されていない猫にタルトを狙わせちまったら警備兵が首を刎ねられちまうよ~っ」

「誰かっ! 早く飼い主を呼んで来いっ!」


 突然現れた笑い猫に、会場がざわつき始めていた。切られた来賓の首までヒソヒソしている。


「女王様、俺も欲しいス」

「嫌でーす。ボクお腹減ったもーん」

「そこをなんとか」

「嫌でーす」


 呑気に赤の女王に扮するズーズィと交渉している澄央はそれに気づかない。いや、気づいていて無視しているのだ。

 連れ戻したいが、ここから出て行くと隠れていた意味がなくなるだろう。

 ではもし澄央がこのまま捕まれば?

 お遊び全開のラスボス・ズーズィに、事なかれ主義の順応タイプな九蔵といじめられっ子のニューイで挑まなければならない。

 この状況は、かなり──マズイ!


「ま、真木茄 澄央! 帰っておいで!」

「ハウス! ナス、ハウスだ!」

「ああだめだ! タルトしか見ていない!」

「アップルパイもうねぇぞ!」


 ことの重大さに気が付いた九蔵とニューイは必死の形相でバタバタと手を動かし、なんとか澄央を呼び戻そうと奮闘した。

 しかし澄央の視線は新妻手作りのイチゴのタルトに注がれている。

 これを食べるまではテコでも動かないとばかりに仁王立ちし、ズーズィの意地悪に立ち向かう有り様だ。


「真木茄 澄央を助けなければ、ゲームということでズーズィは容赦なく首を刎ねるぞっ。追いかけまわして遊ぶかもしれないし、体毛をみんな毟って人食いタンポポの綿毛でも植えかねない!」

「そんなフワフワしたナスはダメに決まってんだろっ。なにか手はねーか……?」

「私が出て行って戦おうか……!?」

「ん~……っでも怒ってないニューイは、刃の引っ込むオモチャの刀だからなぁ~……っ」

「ぐぬぅ……!」


 ──このままでは、唯一ズーズィに口で勝てそうな澄央が捕まってしまう……!

 悩める九蔵が、一筋縄ではいかない最強の悪戯っ子なラスボス攻略が難航する未来にくっと拳を握った時。


「でも九蔵、首を刎ねられなかったとしても、飼い主の公爵夫人が笑い猫を連れ去ってしまうぞぅ……っ」

「! それだ!」

「むっ?」


 九蔵はパチン! と指を鳴らした。
 そうだ、この手がある。

 確か本編じゃクロッケー大会の笑い猫は、女王の不興を買い、飼い主である公爵夫人に退場させられてしまうはずだ。


「ならモブキャラクターの公爵夫人がナスを連れて行ったあと、公爵夫人からナスを助け出せばいい」

「九蔵、キミは天才だ」


 コソコソと説明すると、ニューイは真顔で頷いた。

 そのまま「かわいくてかっこよくて優しくて頭がいいなんて、どこまで魅力的になるつもりなんだい?」と首を傾げられる。

 あまり褒めないでくれ。
 照れすぎると使い物にならない乙女系なブレインなのだ。

 そしてちょうど話がまとまったタイミングで、ズーズィが「あ~も~ッ!」とめんどくさそうに声を上げた。


「マァジでしつこいんですけど! 先帰ったらまだパーティー会場にしこたま料理あるし、首ちょんぱイっとく?」

「俺はそのイチゴタルトがいいス」

「ウザメロディ!」


 いけない。ズーズィが死刑を言い渡すと、主人公ではなく助っ人の澄央は現実世界に帰ってしまう。

 ──公爵夫人さえ来てくれれば……っ!

 そう願った時。


「なに人様の庭でごね繰り回してんだ、笑い猫。二度とタルトを食わなくてもいい体にしてやろうか?」

「ヒェッ」

「ニューイ。作戦変更。ナスにお別れを」

「お元気で」


 トランプ兵に連れてこられた公爵夫人の口から聞き覚えしかないハスキーボイスが聞こえ、九蔵はスンッと真顔になった。

 澄央が悲鳴をあげたが関係ない。

 撤退だ。この人が出てきたのなら、例え本物でなくとも速やかに撤退しよう。




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