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第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも

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 ニューイは、浮気を疑っていない。

 けれど榊の話を聞いた時、〝九蔵は澄央といるほうが楽しいのかもしれない〟と思ったらしい。

 九蔵がニューイ以外を好きになるのなら、話は別。愛し合うことが不変の永遠なら、愛し合えなくなることが終わりになる。

 ニューイは、盗られるかもしれない時ではなく、離れていくかもしれない時が最も不安だ、と言った。

 愛しい九蔵に無理強いできないニューイは、よそに好きな人ができたと言われれば、すごすご引き下がるしかない。

 それに、まだ一度も二人でデートをしていないということにも焦っていた。
 イチルと暮らしていた時のニューイは屋敷から出なかったので、デートをしたことがなく、必要性に気づかなかったのだ。

 だが撮影現場の仲間にアドバイスを貰った時、それはないだろうと言われた。


「だから、慌ててプランを練ったのだ。九蔵が私に飽きないようにサプライズをして、もっと好きになってほしかった」

「……そっか」

「九蔵は私に文句を言わないし、いつも大事に接してくれる。愛されている。けれど、私はキミに未来・・も愛され続けているという自信はない。それでたまに不安になると、ソワソワする。……かっこ悪いだろう?」

「かっこ悪くない。お前はカッコイイ」


 しょんぼりとかっこ悪い自分を恥じるニューイに、九蔵はグッと重くなった胸を感じて、首を横に振った。

 好きすぎると困るのも、臆病で嫌になるのも、自分だけだと思っていたのだ。

 蓋を開けてみれば、同じ。

 あれだけ人の心を理解しているニューイでも、愛する人に愛されなくなることだけは恐ろしい。

 比べる必要はないが、イチルを失ったトラウマがあるニューイのほうが臆病でもある。榊が言ったあやふやな疑惑から微かな可能性を読み取って焦ったのだから、相当だ。

 そして、その不安の種は、自分。
 なら、取り除くのも自分だろう。


「……ちょっと、手ぇ貸りるな」

「? 手?」


 九蔵は自分の体に回されたニューイの両手を掴み、その手のひらを自分に向けた。

 それから不思議そうなニューイに構わず、手の平に向かって胸の内の言葉を吐き出す。


「実は俺、ブラックコーヒー派」

「んっ?」

「たまにはご飯も食べたいし、そろそろオカズが欲しい。クルトン入れすぎ」

「んっ!?」

「んで生活費計算するからちゃんと半分だけ渡せ。油物の食器は再生紙で拭いてから水につけるのが俺んちルール。この間ボディソープの中身ハンドソープだった。それからヤる時わざと性欲半分食べ残して第二ラウンド誘うのバレてますよ。ゴミ出しの時の井戸端会議は控えなさい。妬く。あとベッドデカいやつに買い替えたいけど一人で買う余裕ないから割り勘にしてください。デザインは好きなやつ選んでいいです」

「ちょ、ちょっと待っておくれ」


 ニューイが驚愕に目を剥くが、九蔵は知ったこっちゃない。

 これまで言わなかったことをボロボロと話し、エントランスでのやり取りやスウィートルームの価格にまで文句を言い続ける。


「く、九蔵、まだあるのかい?」

「ある。……俺だって、お前が好きすぎていつも不安だぜ」

「っえ、っ」


 そうしてさんざん文句を言われ、ニューイがオロオロと泣きそうな顔をした時、九蔵は声のトーンを微かに落とした。

 ニューイの手がピク、と震える。

 九蔵がニューイの不安に気づかなかったように、ニューイも気づかなかったようだ。俺って隠し事がうまいんだぜ、と心の中で付け足す。

 バラす気はなかった。
 けれど──ニューイが不安なら、自分が負けてしまおう。


「これを言うと、お前がいないとダメだって、バレる。それが怖かった。でも、俺が文句とか愛情表現とか口に出さないせいでお前が不安なら、言うよ。言うから、できれば、気が向いたら、ちゃんと責任取ってくれればいい、です」


 なにか言われる前にトツトツとまくし立てた九蔵は、そっと顔を伏せ、ニューイの両手のひらに唇を埋める。

 心を渡す。気分的にはそう。


「俺は……お前が死んだら来世まで追いかけるくらい、お前を愛してるんだ」

「っ……」


 嘘偽りない心を捧げてみると、耳元で息を飲む音が聞こえた。

 そう確信するほど愛している。
 バカかもしれないが、九蔵は本当に凄く凄くニューイが好きだった。

 重い、気持ち悪いと言われたら、あとで泣くかもしれない。一週間は落ち込む。もう二度と言わないだろう。それでも離れないが。




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