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第四話 ケダモノ王子と騒動こもごも
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しおりを挟む榊の登場により、九蔵は今夜の夜勤が榊だったことを思い出した。榊はいつも早めに出勤してくるのだ。
ここは事務所の窓と近い。
聞き覚えのある声のスタッフたちの騒ぎに気がつけば、当然やってくる。
そして捕獲する。
当然に。なぜなら榊だからだ。
スーツ姿の榊は掴んでいた越後の首根っこをポイッと投げると、引け腰になり縮こまる越後へ、冷めた視線を向けた。
「イチゴ。お前の引き継ぎノートがバカ過ぎて引き継げねえ」
「バカ過ぎて!?」
「ココに教えてもらいながら書いた時はちゃんと書けてただろ? ということは、手抜き。及び、おふざけ。もしくは、私が夜勤だと知っていて喧嘩を売った。どれだ」
「しいて言うならおふざけでござるが、おふざけノートならナス殿がよくとぼけたノートを書いていてでな……」
「お前の四コマはつまらん。私が笑えないおふざけはおふざけじゃねえ」
「横暴でござる! じゃあ手抜きと喧嘩とどっちなら許してくれるのでござるか?」
「どれ選んでも許さないが」
「鬼畜の所業じゃ!?」
越後はヒィンと涙目で青ざめるが、榊に泣き落としが通じるわけがない。
即刻書きなおせと命じられ、越後はヒイヒイと悲鳴をあげながらうまい屋の中へと戻っていった。
「お、おぉぉ……」
流石、榊だ。
基本頑張りたくなくサボリ癖があり軽率で調子がいい越後に言うことを聞かせられるのは、このくらい頑強な上司しかいないだろう。
一連の流れを見ていた九蔵は、内心でパチパチと拍手を送る。
ニューイも「越後 明日夏にも飼い主がいたのだね」と、感心した。感心するところがやや違うが、九蔵はなにも言うまい。
なんやかんやでニューイの悪魔疑惑もうやむやにできたので、榊様々でもある。
もつべきものはできる上司だ。
「それで? ココ、お前やっとナス以外にリアルの友達ができたのか」
「え。あ、まぁ……」
「歯切れ悪いな。彼氏か?」
「いやその結論はおかしいでしょうっ?」
「彼氏か」
そんなできる上司に秒速で関係性を見抜かれた九蔵は、カァ、と赤くなった頬を急いで手の甲で擦った。
言い淀んだだけで彼氏となるなんて、どういう理屈で結論づけたのだろうか。
九蔵には理解できない。
ただ恥ずかしい。
九蔵がそうしている間に、榊は九蔵の言いつけ通りに直立しているニューイへ目をつけ、前に立った。
「ふむ……はじめまして。うまい屋の店長をしています。増尾 榊です」
「んっ? んん……はじめまして。九蔵の恋人をしています。ニューイです」
ニューイをじっと見つめる榊。
ニューイもじっと榊を見つめる。
どうしていいかわからないので九蔵に正しい対応を聞きたそうだが、榊の邪魔をするとねじ伏せられるのでノーコメントだ。
榊のマネをして自己紹介をしたのはナイスな判断だと、九蔵は思う。
それにしても、榊はなぜニューイをガン見しているのだろう。なにか見極められているのか。
(っ……まさか、悪魔ってバレたか……?)
一抹の不安を抱き、九蔵はニューイを引っ張り急いで帰ろうと考えた。
しかし、じっとニューイを見つめてフムフムと頷いていた榊は、ポン、とニューイの肩に手を伸ばす。
「ニューイさん。うちで働きませんか」
「アルバイトかい?」
「契約なら保険はもちろん有休もついて時給千三百円。繁忙時間帯、休日は時給アップ。夜勤は深夜手当あり。まかない、定期健康診断、ボーナスあり。働きによって年二回昇給あり。社員登用あり。週休二日確実残業ほぼなし。うちは少数精鋭の実力主義なんで、人件費削る代わりに一人頭はバイト、パートにあるまじき高時給ですよ。本人が一番能力を生かせる働き方をさせますし、雇ったからには強制的にバキバキの有能スタッフに鍛え上げるのは私の役目です。しかし給料ぶん全力で仕事をして頂きますが。ちなみにココは機械メンテができるのとよく気がつくので、時給千五百円。笑顔がヘタだから厨房専門」
「シオ店長! 本気の勧誘はちょっと!」
違った。勧誘だった。
九蔵がお笑いに長けた男であればズコーッ! とずっこけたであろうほど的はずれな発言に、ニューイはキョトン。榊は真顔だ。
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