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第三話 恋にのぼせて頭パーン
45(sideニューイ)
しおりを挟む「私にはいいところがない。私は貰ってばかりだ。九蔵に好かれる理由が、ない。九蔵はきっと……絆されてしまった」
いいや、絆されさせた。
間違いない。自嘲したまま、ズーズィから濁った目をそらす。
浮かれあがった頭の片隅にこびりついていた傷と共に、触れてしまえば大きく爆ぜそうで避け続けていた現実。
「どれほど好意を伝えても、プロポーズに頷いてくれたとしても……九蔵は私に、〝好きだ〟と言ったことがないからね」
「っ……」
柔らかい声で言った事実に、ズーズィが息を呑んだ。
なにも驚くことじゃない。本気で愛されていないからこそ、九蔵の心の動力が同情や友情だと確信した。
「お前、それ、さ」
「九蔵は、毎日辛そうだ。隠しているが、私はなんとなくわかってしまう」
「それは……それはさ……」
「理由がわからなくても、よくないことだとわかる。私を幸せにしたいから、九蔵は無理をした。イチルの話をしてしまったのは、大きなミスだ」
イチルの話をしてしまったせいで、九蔵はニューイを哀れんだ。
死人を愛する悪魔を、ハッピーエンドにしてやろうとした。
九蔵には、尋ねられない限りイチルの名前を呼ばないように、思い出話をしないようにしていたのに、ミスをしたのだ。
笑って元気なフリをする九蔵に気づき、ニューイは死にたくなった。
無理をしている。なぜ? わからない。でも、そんな顔をさせたくない。
九蔵を悲しませてまで押し通すことなどなかった。今すぐ婚約を解消して、全てなかったことにして帰ってしまわなければ。
こんな笑顔は、見ていたくない。
優しい九蔵が、寂しがり屋の九蔵が、愛してもいない友人の悪魔のために精神を削ることなんてあってはならない。
わかっている。
やるべきことは。
できない、だけで。
「ズーズィに言われなくとも、何れちゃんとさよならをするつもりだ。これなら問題ないだろう? 私がイチルの魂を諦める代わりに、九蔵は友人を一人失う。けれどきっとすぐに忘れて──……ッ!?」
そう言いきろうとした時、ドガッ! と体のすぐそばで鈍い音が鳴った。
ズーズィの足が、ニューイの真横に蹴り降ろされたのだ。
「ズ、ズーズィ……っ?」
ニューイは驚いて目を丸くする。
急に怒るなんて、いったいどうして。
「だから、それは違うだろっ!?」
「うっ……!」
「お前のそれは、アイツが友達かわいさに同情してる場合じゃなきゃ使えねぇじゃん!」
──だからそうだと言っているのに!
理解できないニューイが呆然とズーズィを見上げると、胸ぐらに手をかけられた。
一分一秒が離れ難い彼の姿をしたズーズィの顔が、鼻先が触れ合いそうな距離にグッと迫る。目を逸らしたくなったけれど、今度ばかりはズーズィの視線が許さない。
「な、なにをっ……」
「アイツ、ボクに言ったんだ。〝ニューイを虐めないでくれ〟って」
「え……?」
「ボクがアイツを騙した日。……弱っちい有象無象の人間風情のくせに、お前が傷つくのが許せねーってさ」
「そっ……そんな、こと……っ」
知らなかった。
それはずいぶん前のことのはずだ。
ニューイの脳裏に、本物の九蔵の姿が浮かぶ。照れくさそうに隠し事をする、シャイな男の猫背気味な背中。
「アイツ、お前を本気で愛してるよ」
ズーズィは、断言した。
「……っ……う、嘘だ……っ」
フルフルと首を横に振る。
信じられなかった。そうであるならと期待した時もあったけれど、そうであるなら、今はいっそう九蔵を解放しなければと願う。
しかし苛立ったズーズィは「本人の声でも、嘘だって?」と言うと、懐からカラフルなビー玉を取り出して宙へ投げた。
パチンッ! パチンッ! パチンッ! と弾けるビー玉たち。
『──悪魔だけど、ニューイがめそめそ泣くのはやなんだよな』
「っ……!」
弾けたビー玉の代わりに、青空の墓地へ声が響いた。
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