上 下
48 / 462
第二話 気になるモテ期

01

しおりを挟む


 ニューイと距離が縮まってからしばらくが経った、ある日のこと。

 九蔵がいつも通りうまい屋に出勤すると、なにやら厨房から客席を覗き見している不審な人間が二人いた。

 通報の必要はない。大学が休みだったのか朝からシフトに入っていた澄央と、いつも短い時間だけ入っている夕奈である。


「なにしてんだ? ナス、ミソ先輩」

「はっ! ココちゃん!」

「ココさん」


 軽く声をかけてみると、九蔵に気がついた澄央はすっくと立ち上がり、そのままムギュッ! と九蔵にキツめのハグをかました。


「うおっ」

「ココさん」

「ど、どした?」

「ココさんココさんココさんココさん」

「お、おお、よしよし。どしたー……?」


 澄央は九蔵より十センチ大きい。
 あおびょうたんの九蔵は巨体の澄央からの急な熱烈ハグをなんとか受け止め、脳内に疑問符を散らす。

 店の中におかしな様子はない。混んでもいないがいったいなにがあったのだろうか。
 混乱する九蔵に、澄央と同じく客席を見ていた夕奈が親指を立てた。


「あちゃっ。ナスくんには刺激が強すぎたわね~……! 存分にココちゃんで気を落ち着けるといいよ」

「は? ええと、俺ってナスの気付け薬じゃないんですけど」

「ココさんマジパネェス……」

「なにがですかナスくん」

「ほら」

「ほらじゃないですよミソ先輩」


 パネェ、ほら、と言われてもわからない。こちとら出勤直後だ。

 たぶん客席になにかあるのだろう。
 そう当たりをつけつつ、九蔵はとりあえず離れようとしない壊れかけの澄央を無理やりパージし、準備を整えて夕奈と交代した。


「で? どした?」

「…………」


 バイトフォルムになった九蔵は、澄央と二人きりの仕事場で本題に入る。

 尋ねられた澄央は無言のまま、静かに客席に手を向けた。そちらを見ろと?
 九蔵は担当の厨房から首を伸ばして、客数の少ないフロアの視線を滑らせる。


「いったいなにがひょあぁん……っ」


 そしてその視線がある一席を捉えた途端、九蔵は対ニューイでお馴染みの奇声を上げ、その場にふにゃりとしゃがみ込んだ。


「か……」

「…………」

「顔がイイ……」


 特盛丼。食らうイケメン、特盛級。
 九蔵、心の俳句。

 仕事中でお客様がいる、という一念で極小さな奇声に留めたが、九蔵は顔面の補正に時間を要した。
 澄央が満足げに深く頷いている。なるほど。わかった。

 九蔵に抱き着いて言葉にならない良さみを伝えようとした澄央の行動の意味を、ようやく理解する。万が一客に聞こえないよう、無言で悶絶していたらしい。

 発作が収まってからすっくと立ちあがって影から観察してみると、イケメンはやはりイケメンだった。

 中性的ながら男であるとわかるそこはかとない美しさを醸し出すオーラに、柔和な顔立ち。それに良く似合う銀髪のボブ。

 王子系イケメンと言えば、金髪と対をなすカラーリングは儚げな銀髪だ。

 白い肌に映えるそれは、どの界隈でも大人気のイケメンステータスと言える。白髪とはまた違うキラメキがある。
 上品な佇まい。特盛牛丼が似合わないスタイル。

 ──ああ……お客様。
 ──窓から差し込む朝日が、まるでお客様のためにあつらえたベールのようにベストマッチしておいでです。


「はぁ~……神スチルだわ~……」


 今日一日の英気を養い、九蔵は額に手を当ててイケメン客の来店に感謝した。

 まぁ九蔵は好み超絶ドストライク王子系イケメンなニューイの顔が一番好きではあるのだが、それはそれ。これはこれ。イケメンはすべからく美味しい。


「窓のほう見てるだけなのにもう芸術だろこの光景……写真撮りたい」

「同感ス。あの顔をガン見しながら犯したいスね」

「ナス。今そういう性的な発言危険なんだぞ。聞こえないようにしててももう少し穏やかな言い方にしろよ」

「穏やか……お顔を拝見しながら性交したいス」

「わかった。口から出さずに全部俺とのマインのトークにでも送っとけください」

「ス」


 そそと仕事をしながら小声で話す二人の視線は、イケメン客をなでる。

 その日。相変わらず家事をほとんどできていなかったニューイは、機嫌よく帰宅した九蔵に首を傾げるのであった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

異世界召喚されて吸血鬼になったらしく、あげく元の世界に帰れそうにないんだが……人間らしく暮らしたい。

ぽんぽこ狸
BL
 サラリーマンである神田 理人はただ、いつもと変わらない自分という存在の紡ぎだす人生というものに、味気ないと感じていた。  分かり切った自分という人間、変わらない風景、何が起こっても固執したように同じ毎日を過ごす自分。そんなものに嫌気がさしているのに、気がつかないふりをして、日々を過ごしていた。  しかしある日、帰宅してすぐ異変に気がついた。光り輝くアパートの自室、異様な状態にすぐさまその場を離れようとしたが、何かに引き込まれて光の中に落ちていった。  目を覚ますと、そこには不気味で宗教チックな光景が広がっていて、泣きわめく同じ状況の青年が一人。  現地人から、召喚されたという事実と不思議な儀式を遂行するように言われるが、体がなぜか幼く白髪に代わっていて?!  シリアスな要素強めなBLです。カップルが二組できます。主人公は受けですが、吸血鬼です。序盤は少々ナオくんがうざったいですが、不憫な子です。悪い子じゃないんです。すみません。ナオくんも受けです。  しっかりがっつり、R-18パートが入ってきますが、エロばかりというわけでもありません。そこそこエロい程度です。また、主人公が吸血鬼という特性上、若干カニバリズムを感じるかもしれません。ご注意ください。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

処理中です...