23 / 462
第一話 片想いと片想われ
13(sideニューイ)
しおりを挟む──パタン、と悲しげに閉まったドアの音を聞いて、残されたニューイは冷たい床の上に座り込んだ。
「はぁ……なんということだ……私は九蔵と……喧嘩をしてしまったぞ……」
言葉にすると泣きたい気分になる。
ニューイはそろりと這いやおら九蔵のベッドに顔を埋め精神の安定を図るが、効果は思わしくない。
胸の内にあるニューイの心が、頭から地面に倒れ伏す。
手足を伸ばした状態で伏せたまま「手前都合で要求を急いて九蔵を追い詰めた挙句に喧嘩をするなんてとんだグズ悪魔じゃないか!」と自分を責める。
しかし別のニューイの心は、足と腕を不遜に組んで「けれど九蔵だってあんまりだろう?」と拗ねた。
本体のニューイは確かに、と頷きたくなる。どちらも本心だ。嘘偽りない。
わかっていてもニューイの胸は重さを増し、後者の心に同意したい欲求がじわりじわりと勢力を広げた。
──九蔵の考えは、よくわからない。
反抗的な理由をシンプルに捉えると、その一言に尽きる。
なぜならニューイははじめっから全てあけすけに明かした。
自分がどうして九蔵と婚姻を結びたいのか。九蔵のどこが好きなのか。自分が九蔵をどう思っていて、どうしてほしいのか。
自分はとても真摯だ。
それだけ本気だからだ。
ならばこの生活において、真摯じゃないのは九蔵のほうだろう。火を見るよりも明らかじゃないか。
「私は九蔵を愛しているのだから、同じように歩み寄ってほしいと思うに決まっている。それをあんな無機物にばかり構って、私とは目も合わせない……最後には、他人と一緒にいるのが疲れると言った。ちっともわからない。一人のほうがずっとつまらないに決まっているっ」
九蔵の前ではしおらしく子犬同然だったニューイは、自分を良く見せたい相手である九蔵がいない部屋で一人憤った。
九蔵がニューイのことを他人と言った。恋人だったのに。ニューイの気持ちを知っていて、そんな表現で距離を取る九蔵は酷い。
それに「本当は疲れる」と言った。
本当は? これまで本当のことを言っていなかったのか?
九蔵がなにかを我慢してその疲労を隠していたことなんて、ニューイは今の今まで知らなかったのである。
知らないから知ってほしいのか? ──いや、それなら日頃言えばいい。
なら知られたくなくて黙っていたくせに、今更知ってほしがったのか? ──いいや。そう思っていたならあんなにも後悔で染まった顔はしなかったはずだ。
「九蔵は心から言いたくなかった……なのに、言った……本当は思っていたことを、私に怒鳴った……それはなぜだ?」
九蔵のベッドにしがみついて考えたところで、やはり答えは浮かばない。
ニューイは一途で真っ直ぐだ。
寂しいと感じたから伝えた。我慢できないほど恋しく、無機物にすら自分は劣るのかと悲しくなった。
だから九蔵にもっと自分を見てほしい、もっと自分を愛してほしいと伝えた。わかりやすく伝えた。
なのに九蔵は、そもそもがわかりにくい。自分のことを話さない。
かと言って、言葉にしないくせに〝察してくれ〟とこちらに求めることもない。ただ粛々と器用に一人で生活している。
ニューイなんて、必要ないとばかりに。
「キミは……イチルは、そんなふうじゃなかったじゃないか」
困惑の混ざった独り言が溶けた。
悪魔にとって、人間の判別材料は魂だ。身体と魂は違う。同じ魂なら、同じ中身だと判断する。それが常識だった。
ならなぜイチルと同じはずの九蔵が、イチルと同じような性質ではないのだろう?
「イチル……イチル……」
ニューイは擬態が解けそうな頭蓋骨をカタピシ、と軋ませ、苦しむ。
イチルの生まれ変わり。
個々残 九蔵。……九蔵は、冷たい。
共同生活に必要な説明やあいさつ、こちらへの要求をしないわけではないが、もっとプライベートなコミュニケーションはちっとも温かくない。
『ならこんな魂なんか諦めて、さっさとお前を愛してくれる人間を探してこい!』
──それができないから、キミじゃないと愛せないから……私はこの地上で、人の姿をしているのだよ。
きっと九蔵は、どうでもいいのだ。
自分が本気で九蔵を愛していることなんて、どうでもいいのだ。
九蔵の思考回路の理由を決めつけて、ニューイはカラコロと骨の芯を歪ませながら、寒々しく崩れてしまいそうだった。──そんな時。
「やっほー、ニュっち」
突然ベッドの下から、軽薄な若い男の声がささやかな声量で聞こえた。
10
お気に入りに追加
283
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
朝目覚めたら横に悪魔がいたんだが・・・告白されても困る!
渋川宙
BL
目覚めたら横に悪魔がいた!
しかもそいつは自分に惚れたと言いだし、悪魔になれと囁いてくる!さらに魔界で結婚しようと言い出す!!
至って普通の大学生だったというのに、一体どうなってしまうんだ!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる