上 下
11 / 462
第一話 片想いと片想われ

01※微

しおりを挟む


 ──……また、こんな……夢……。

 自分の身が熟れた果実となり、それをそうっと握りつぶされていくような感覚。


「……ぁ……」


 奇妙な感覚を覚えた九蔵は、霞んだ闇の中、しどけなく開いた唇で微かに鳴いた。

 皮膚や筋肉の内側。柔らかな身体の芯を誰かに掴まれ、弄ばれる。
 下腹部に飽和する言いしれないなにかがジュク、と果汁がごとく滲み、溢れた。

 股の間を、果汁が伝っていく。
 この身は果実などではないが、そう錯覚してしまう熱い粘液が、下肢をトロトロと濡らしていくのだ。

 幾重にも伝ううち、とめどないゆばりが滴るかのような妙な解放感と終わらない悦楽が九蔵の精神を包み込む。


「……ぁ……ん……」


 へその下あたりが熱い。
 なにもかも理解できないままだが、これ以上はいけないという焦燥はあった。

 ぐずぐずに熟した胸の果実の表面をなでるこの手が、奥に触れないでほしい。

 ドクン、ドクン、と脈動するそれは、確か、九蔵の心臓だ。たぶん、そう。


「……そ……な……とこ、ろ……」


 ──そんなところを、触らないでくれ。

 訴えたくともまともに口が動かない。まぶたも上げられず、指一本動かずにされるがまま。

 そのうち両手が包み込むように九蔵の心臓に触れ、ていねいな指使いで表面の凹凸をなぞり、抱き寄せ、愛撫し始める。


「あ……あ……あ……」


 グン、と背筋が仰け反った。
 心臓に触れられているというのは錯覚ではなく、本当かもしれないと思う。

 抱き寄せられたところで九蔵の内側から出すことはできないが、持ち上がった身に重力を感じたからだ。

 脱力する肢体が弓なりにしなり、喉が逸れて不健康に白い喉仏が無骨に浮き出る。わずかにだが自分の意思で動かせるのは、首から上だけだった。

 痛みはない。
 夢うつつの思考はモヤがかかり、カーテンを透けて差し込む月明かりは淡く、なにも映さない。

 人の体を好きにまさぐる姿の見えない無礼者は、ドクン、ドクン、と脈拍を変えずに弾む九蔵の心臓へ、両手の親指を埋め込んだ。


「──ァ……っ」


 ズプン、と抵抗なく沈む指が心臓の核心に触れた時、言うことを聞かない喉の奥から、一際甲高い悲鳴が上がった。

 そして下肢を滴る果汁がジャバッ、と洪水のように勢いを増し、九蔵の筋肉質だが細い内ももが、哀れに痙攣する。


「……アッ……アッ……」


 それは強い、快感だった。
 脳内麻薬が堰を切って染み渡り、中枢を充満していく。

 触れてもいない股ぐらがジュクジュクと膿んで溺れている理由を、ようやく理解する。事実、濡れていたのだ。

 心臓を愛撫され、九蔵のソレはくたりと項垂れたまま、なぜか透明な蜜をしとどに漏らしていたのだ。

 ようやく理解しても、どうしようもない。手の持ち主は乱れる呼吸に合わせて上下する九蔵の胸に、静かに口付けた。

 そしてそのまま、肌に舌を突き刺す。


「ッア゛……ッ」


 舌が気遣いを感じる甘さで九蔵の中身を吸い上げた途端、目の奥に星が散った。

 脳がショートする。
 一瞬視界が真っ暗になり、全ての感覚が消え去ったかと思った。

 しかし次の瞬間には、胸元へ引きずられるように全身の神経がわななき、九蔵の五感は強烈な淫惑に犯される。


「ァ……ッ……ッ……」


 足先がギュウ、と縮こまる。
 突っ張った身体は仰け反ったまま痙攣し、閉じられない口端から唾液が流れ、頬を伝った。

 心臓に突き刺された指が動き、内部の誰にも触れられてはいけない部分をかき混ぜるたび、九蔵は持ち上げられた体を身震いさせ、か細い悲鳴をあげる。

 射精はおろか勃起もしないまま、九蔵はもう何度も、軽い絶頂を繰り返していた。

 本人は気がついていない。
 おおよそ普通に生きていて、こんな快楽を一息に味わわされることなどないからだ。

 性への関心は人並み。いや、人並みより無関心かもしれない。
 そんな無垢な身体を異常な手法で肉欲の沼へ堕落させていく、不埒な誰か。

 貞淑を守ろうとしていた思考は、最早遠く彼方へと消え去っていた。

 正気が失せてく。
 強すぎる快感と強制的に注がれる快楽成分は、九蔵を一時的にトリップさせる。


「ッ……ッ……ッ……」


 身の内側を生きながら身動きできずに啜られているというのに、それを認識できず、淫蕩の波間で揺れながら絶頂する時間。

 微かな嬌声と衣擦れの音。

 チュプ、と肌を舐めながら生気を啜る水音が混ざり、たゆたいながら反響した。

 真っ暗な室内は、月明かりを透かすカーテンだけが色を持つ。
 そこに写った影は、ゆらりゆらりと弛緩しきった両腕と首を揺らす九蔵と、もう一つ。

 双翼と双角が伸びる影の禍々しい異形の手が九蔵の体を抱き寄せ、気配を殺し、その身を貪っていた。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

朝目覚めたら横に悪魔がいたんだが・・・告白されても困る!

渋川宙
BL
目覚めたら横に悪魔がいた! しかもそいつは自分に惚れたと言いだし、悪魔になれと囁いてくる!さらに魔界で結婚しようと言い出す!! 至って普通の大学生だったというのに、一体どうなってしまうんだ!?

処理中です...