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第一生 子猫とジャガーとドリンク無双
03
しおりを挟むそこにいたのは、人間のように二足で岩場に立つ白いジャガーだった。
イカつい鼻の頭にキズがある。
毛むくじゃらの顔に丸い耳。針金のようなヒゲ。鋭い双眸。凶器に等しい牙。斑点模様のある雪のような毛皮に覆われたしなやかで逞しい巨躯は、二メートル半はあるだろう。
それが二足で歩き言葉を話したのだ。
シンプルだが質のいい軽装を身にまとい、剣まで腰に差していた。
見た目は獣そのものなのにまるで人間のような振る舞いをするジャガーは、岩場からフワリと飛び降り、一斉の目の前へ身軽に降り立った。
「しぶとく逃げた教団の残党かと思ったが……お主、ここでなにをしておる。夜に民が出歩くには危険な森だと、お主の仲間は教えなかったのか?」
ぬっ、と膝を折るジャガー。
大人の男の渋い声。
口調は威圧的で古風だが、嗄れた声に剣はない。獰猛なのに黒ローブの声よりよっぽど優しく響く。
近くで見ると、たっぷりと柔らかそうな白毛のジャガーはいっそう大きかった。月明かりが作るジャガーの影に、一斉はすっぽりと収まっている。
大きくて温かくて優しそう。
それは一斉の理想の姿であった。
相手は二足歩行のジャガーで端的に肉食獣だが、それでもモフモフと触って癒されたいくらいには惹かれる姿であった。思ったより疲れているらしい。
「? 口が聞けぬのか。答えよ」
「っお、俺」
しばし状況も忘れまじまじと見つめていると、首をかしげたジャガーは一斉の顎をモフッ、と爪を引っ込めた手ですくった。柔らかな肉球の感触ではっと我に返る。
「俺は、佐転 一斉……仲間はいねぇけど、あぶねぇのは、知ってる……」
「知っているならば、サテン・イッサイ。お主は阿呆だな」
「あ、っ……あほう……?」
たどたどしく質問に答えると、ジャガーは冷たい声でピシャリと突き放した。
アホ。
自覚のある罵倒だが、いいなと思った相手に厳しく指摘されると思っていたよりハートにダメージを受ける。
バカでアホで役立たずのマヌケ。
間違いないのがこんなに寂しいのは久しぶりだ。出会って秒速で嫌われてしまった。
怖がられるのは慣れているものの、まさか面と向かって即嫌悪とは。
地べたに座り込んで顎を掴まれたままジャガーを見上げると、ジャガーは眉間にいくつも皺を作ってグルルと唸る。
「なぜ、声を上げて抗わなかった」
「……あ?」
しょげかえっていた一斉は、きょとんと視線を上げた。
「武器も防具も荷も持たぬ丸腰で縛られていたところを見るに、お主はおそらく誰かに連れてこられた。罪への罰なのか怒りを買ったのか単に運が悪いのか理由は知らぬが……野盗やモンスターなら服を奪われず生きてはおれまい。おおかた教団の連中だろう……お主、黒いローブの連中に会ったな?」
コクリと頷く。実は見ていたのかと思うくらいその通りだ。
黒ローブに召喚されたが役たたずだと捨てられた、とだけ説明すると、ジャガーは「やはりな」と舌を打つ。
「なれば道中暴れればよかろう。今宵は静かだ。叫べばよかろう。抗えばよかろう。己はここにいるのだと月まで吠えればよかろう」
「それは……」
「口封じに殺される、か? いいや。縊り殺すなど造作もないものをわざわざ生かして連れてこられたのだ。騒いだところで殺されまい。故に、放逐され一人になったなら尚のこと助けは求めるべきだった。己の力が及ばぬなら、天の月だろうが無様に縋れ。声高く、存在を、生を」
「吠えるのか」
「そうだ。そうすればお主の手が傷つく前に、気がついた己がここにいただろうな」
「……ん……」
ジャガーは血の滲んだ痛々しい傷のある一斉の手首をチラリと見て、一斉の喉元を指先で慰めるようにくすぐった。
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