上 下
501 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論

53(sideアゼル)

しおりを挟む


「──シャルがいねェだって?」

 ドサ、となにかが落ちる音がした。

 無気力に振り向くと、少し後ろに立ち尽くしていた見覚えのある男が、俺に向かって呟く。

 城下街にある紅茶専門店のロゴが入った紙袋が、男の足元に落ちている。

 そこにいたのは、黒い長官の軍服に身を包んだ銀色の竜人──ガドだった。

 俺は光のない剣呑な目で、ガドを見返す。

 そんな目をしてはいけないとわかっているのに、感情を押さえつけるのに精一杯で、声のトーンや愛想を考える余裕がない。

 ガドは朝は空軍の朝礼に出てるはずだ。
 それが終わって、巡視隊を率いる前にここへ寄ったのだろうか。

 流石に長官。
 常日ごろ気配を消すのは当たり前だが、にしても俺は全く気がつかなかった。

 殺気を察知することができる。
 気配はできないけれど、警戒心と勘でいつも気がついたのに。

 俺は……まだアイツに乱されてる。

「……そうだ。聞いてただろ? 俺が昨日の夜、アイツにいなくていいと言った。消えろと言った。だからアイツは傷つき、嫌になり、出ていった。空っぽのココが証拠じゃねぇか」

 ガドはすっと目を細めて、ゆっくりと大股で俺の目の前にやってきた。

 俺より背の高いガドに見下されても、たじろぐことはない。

 家族のいない俺にとって、ガドは密かに卵の頃から見守っていた子どものままだ。

 幼稚で未熟な情緒しか持たない俺と、子どものガドは、言葉や行動はなくとも共に過ごした。

 常識を教えるライゼンと教わった俺たち。……家族、と思っている。勝手な烏滸がましい認識だが。

 だがそんなガドを相手にしても、安らぐことはない。

 喪失、また喪失。
 失敗。失敗だ。
 また間違った。また失った。

 踏み出したところで遅かった。

 考えないと行動できない。
 考えている間にこぼれ落ちていく。

 ならば、無知は罪だ。

 いつものこと。
 だけど……アイツは、アイツを失うのは、いつもより、痛い。

 人の種類で痛みが変わる。

 皮肉なことに、俺をあたたかい優しさで包んでいたアイツは──俺を崩れそうなくらい、痛めつけられる男だった。

「魔族となんて、相容れない。……人間は、弱いんだよ。傷がついたらすぐに消える。元々、そんな存在だ」

 俺は今、心の残りカスが鋭利になっている。

「……そういうことか……」

 ガドの蛇のように細まった、アメジスト色の瞳。

 俺の虹彩すら塗り固めるようなオニキス色の瞳が、それと軋んで絡み合った。

「ヘェ、わかった。でもなァ、シャルは昨日俺と約束したんだぜ。俺と魔王とシャル、三人でアイツの焼いた胡桃のクッキーを食う。アイツはそう言った」
「あぁ? 知るかよ。だから、嘘吐きなんだろうが、アイツは……、……明日帰ってくるって、大嘘吐いて逃げ出したんだ」
「ハ? だから……俺にもう嘘を吐かねぇッて言ったんだよ」
『アイツはァッ!』
「ッ!?」

 ──ほんの一瞬のことだ。

 ズゴォォンッ! と酷い音を立てて勢い良く突っ込んできたガドの巨体。

 それが大口を開けて俺の下半身を咥え、そのまま空高く飛び立つ。

 俺の言葉に突然激しく言い返したガドが、猛烈に唸りだし、竜に姿を変え、文字通り俺に噛みついてきたのだ。



しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...