上 下
280 / 901
四皿目 絵画王子

38

しおりを挟む


 ピエロの中身は、俺だ。

 仮面の下で、涙を流して、自分の体に、杭を打ち付ける。

 誰よりも幸せになってほしい人に、一番裏切ってはいけない俺が、残酷な裏切りを重ねるショー。

 絶対に裏切らない筈の俺の裏切りを知って、もう、前のままの甘いだけの気持ちではいられないだろう。

「……、は……」

 アゼルの膝に縋りながら、声を出さないように、涙を流し続ける。

 心が通じなくなったことで、誰かを愛することとは、幸せだけじゃないことを思い出した。

 気持ちの変化を見つけると不安になって、嫌な想像で前に進めなくなる。

 焦りと混乱で余計に泥沼に埋まって、身動きが取れなくなり、最低の結末を迎える。

 あぁ、今までの俺は、なんて夢のような愛を抱いていたんだ。

 愛してる、愛してると、馬鹿の一つ覚えのように幸福だけをかき集めた日々が、奇跡的だと思う。

 絵画一つであっけなく揺らぐ絆は、愛しているからであり、愛していないからでもある。

 本当に滑稽だな。
 お前は宝物だと言った俺を守りきったのに、俺はお前を守れず踏み躙った。

「……アゼル……ごめんな……」

 塩辛い水分を吸ってどんどんと色を変えていくブランケットに、小さな声で懺悔した。

 俺は……自信が、なくなった。
 お前に愛される自信が。

 前だけ見てきたはずなのに、怖い……自分に最低な部分があると、後ろしか、見えない。

 自己嫌悪し、立ち止まって、蹲って……無様で、惨めだ。ゴミクズだ。

「怖い……みっともないことばかり……汚い、感情ばかり……不安で、ドロドロの……俺の……お前とは比べ物にならない、自分のエゴに塗れた愛……なんて……」

 囈言のような言葉が、止まらない。
 ブランケットに顔を埋め、目を閉じて弱音を吐く。

 汚い俺を愛し続けると、綺麗なアゼルは今回のように傷ついてしまう。

 だって、俺が関わらなければ凛と立つアゼルがこうも疲弊しきっている姿の理由は、いやでも想像がついた。

 俺が自ら飛び込んだのに、俺を刻んだからと、アゼルはこんなに窶れてしまったんだろう。

 いつだってひ弱な俺が傷をつけられると、守れなかったと自分を責めるんだ。

 誰よりも強いのに、俺を盾にされると手も足も出なくなる。俺は足手まとい。身に染みてわかった。

 弱いことは罪ではない。
 けれど、弱い俺を大切に思う人が、代わりに傷を負うのが道理だ。

 なのに俺は、離れたくないと思っている。

 この指輪は俺のもので、アゼルの指には俺の指輪しか許せないと、思っている。

「リシャールじゃ、ダメだ……お前以外じゃ、満たされない……」

 絞り出すような声で願う。

 こんな、みっともない独占欲。
 泣いて縋ってでも俺をと願う、不格好な愛。

 俺はこんなの、お前を好きになるまで知らなかった。

 嫌われたかもしれないと、怯えるこんな気持ちも、あれだけの仕打ちをしておいて図々しく膝に縋りつく、浅ましい衝動も。

 知らなかった。
 知ってしまった。

 見窄らしくなった腕を、懸命にアゼルの身体に這わせる。

「わかっていても一緒にいたい……お前だけが俺の、愛する王子……だから……」

 服を掴んで、止まらない涙で濡らしながら、綺麗なだけじゃいられない自分の心を、月夜に任せて弱々しく吐露する秘めごと。

「……それじゃあ、俺の姫なら王子の腕の中で泣いたりするなよ」
「っ、」

 悲しそうな、祈るような響きで、意識を失う前にも聞いた低く愛おしい声が、耳朶をくすぐり届く。

 それと同時にふわりと枯れ木のような身体が抱えられ、俺は縋りついていた膝の上に乗せられ、優しく抱きしめられた。



しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...