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四皿目 絵画王子
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ホッと安堵する。
魔力にやられると、効果は薄くともリシャールも無事では済まない筈だ。
俺が庇うとわかっていたリシャールは微動だにしないが、イライラとアゼルを睨みつけ、乱暴に俺の顎をすくう。
『言え、言うのだ! お前の愛する人の名を!』
「リシャール、リシャール。愛している。リシャールを愛している」
『ならば今すぐその不愉快なものを止めろッ!』
言葉とは裏腹に泣き続ける俺の頬を、リシャールは声を荒げ、バシッと強く叩いた。
「やめろッ!」
『動くなッ!』
「ッ」
それを見たアゼルがゴウッと暴走する魔力を燃やし、部屋中に炎の熱波が波紋のように広がる。
けれどリシャールの怒声で、俺を人質に取られているアゼルは、俺達の目の前に達したものだけを触れる直前で消した。
ブワッ、と熱い風が体を包んだ。
傷だらけの室内が焼け焦げ、炎がくすぶっている。
言葉にするたび、死んでしまいそうなほど胸が痛い。
枯れ果てそうにない涙の泉で、頬がふやけてしまいそうだ。
感情は幸福だ。
どこも傷はない。
愛する人に触れられて、俺は今幸せそのもので新たな世界へ行きたいだけ。
(なのになんなんだ……? なんなんだ、なんなんだ、なんなんだッ!?)
涙をぬぐって、ぬぐってぬぐって、それでも止まらない。
「ぁぁ……ッシャル、シャル……っ! 絵画の亡霊……ッ、動くなと言うなら、救い出せ! そんな顔をさせるなッ!」
『ッ煩いッ! 煩い煩いッ! 私に敗れた紛い物の愛が指図をするなッ!』
アゼルの悲痛な叫びが耳に届く。
名前を呼ばれ痛みが酷くなり、バッと両手で耳をふさいだ。
だめだ、やまない。──止まらない……ッ!
痛みに苛まれ「助けて、」と訴えながらリシャールを見つめても、忌々しい表情を向けられるだけで、彼からは安らぎが返ってこなかった。
どうして、そんな顔で俺を見る?
俺の奥底は、なにを苦しんでいる……?
『なぜなんだ……!? こんなことは初めてだ、笑えッ!』
「アァ……ッ」
耳を塞いでいても脳に届くリシャールの声が篭り響き、俺は両耳を塞いで涙を流しながら、ニコリと歪に笑顔を見せる。
「はっ、はは……っあはは……!」
こみ上げて来る笑いのままに声を上げて醜い笑顔を晒すのに、涙がとめどなくあふれ、死にそうだ。
止まらない、止まらない……ッ!
誰か助けて。苦しいんだ、痛いよ。
ひきつった笑顔で、よろめきながらもリシャールにすがるような目を向ける。
「とまら、ない……止まらない……痛い、痛い痛い痛い痛い、痛い、痛い……っ!」
「シャルッシャル、シャル……っ! あぁぁあッ返してくれッ、泣いてるッ返せッ! 返せぇぇぇええッ!」
悲鳴を上げたアゼルの咆哮は、バキッバキバキッ、と部屋の亀裂をどこまでも広げ、ついにドゴンッ、と重厚な音がして、外側の壁が崩れ落とした。
「あ、あぁあッ!」
ビュウウッと吹きさらしの大穴から晴れた空が見え、風が舞い込む。
俺の声は風に混ざった。
『く……っ! 化け物めッ!』
舞い込んだ風と魔力の覇気で再び実体を失い始めていたリシャールの身体が──ユラリと、揺らいだ。
そして計った様に、所々表面が焦げた室内に広がる亀裂が、浴室へ続く扉へビシッ、と差し込んだ時。
「うっあ……ぁ、ぜ……ッ」
俺は心の痛みに操られるように、泣き笑いの汚い顔を、僅かにアゼルへと向けた。
「アゼル……」
「シャル……ッ!」
「──バスタオルの山の、底に……っ」
「ッ!」
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