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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
51(Noside)
しおりを挟む──それは、平静と変わらないある夜のことだった。
夏の生ぬるい夜風が海の香りを連れてスウェンマリナを包み込み、灯されたオレンジの明かりが街の喧騒を照らし出す。
明かりがあれば影があるのが道理だ。
そこで血と暴力に塗れた弱肉強食の世界が広がっているのも、こと魔界においてはそれほど珍しいものではない。
負けた者が悪。
弱い者は排除。
力を持たない幼い魔族は親や周囲に庇護されるが、そうでない者は淘汰される。
ここで孤独は圧倒的な不利。
淘汰されてしかるべき罪なのだろう。
痛みに強く手足が飛んでも時が経てば回復する暴力的な日常がある。
魔界は、そんな種族のそんな国だ。
そんな国の王は、空を駆け、スウェンマリナの上空へ音もなく現れた。
気配はなかった。
無音で、まるで月夜の一部のようだった。誰もその存在に気がつかない。
空を飛び交う魔族たちのそのまた上空に、静寂を連れてやってきたのだ。
力の強い者は往々にして、みな静寂である。怒り狂っている時ほど、静寂である。
ここからなら、未だ活気付き眠らない街全体が全て見渡せる。
声も姿も、よく見えるだろう。
ウォォォォォン、と一声大きく遠吠えをあげると、下を歩く魔族が一斉に耳を押さえ、狼狽しながら空を見上げた。
自身の存在を知らしめるための遠吠えは、すべからく彼らの耳に届く。表通りも裏通りも屋内外も関係なくだ。
「あれは、なんだ? あんな禍々しい魔族……この街にいたか……?」
「いや、知らな……、っ……!? あ、あれは、嘘だろ……っ? ク、クドラキオンだぞ……!?」
「へぇ? あれがか。魔境のレアな魔物じゃねぇか。初めて見たぜ」
「馬鹿野郎っ! お前っ、まだ生まれて間もねぇのか!? アレは魔物じゃねぇ! 魔族だよ!」
「はっ? な、なに焦って……」
「アレの魔族は、この魔界でただ一人──魔王様だけだ!」
気づいた魔族たちは、口々にその存在の正体を探り合った。ざわつく街がなにを言っているのかは、王には聞こえないし興味がない。
街中の魔族に聞こえるよう膨大な魔力の塊を声に乗せて、生きるための法を告げる。
『いいか、魂に刻めよ。とびきり温厚な優しい優しい魔王の、たった一つの逆鱗を』
『俺の隣にある青い魔力を持つ黒髪の人間は、俺のものだ。手を出した者は、俺が刈る』
『誰だろうが関係ない。それを犯す全ての者を俺は殺す。丁寧に、殺す。あまねく、殺す。そこにはなにもない。俺がそうすると決めた。それだけだ。異論があるなら今かかってこい、俺に勝ち紋章を抉り取って王になれ。……誰でもいいぞ?』
『だが、今日の俺は全員殺すぜ』
──この日。
海岸線一帯の魔族は絶対にして不可侵の法を、死という恐怖と共に刻んだ。
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