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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
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しおりを挟むこれは自分の不始末だ。
このぐらい屁でもない。
ハァ、ハァとおびただしい出血に呼吸を乱しながらも、俺は屈しない意思で頭領を睨み続けた。
だが、その目はすぐに見開かれた。
「チッ。人間のくせに気に入らねぇ目をしてやがる……少し味見するか」
「い゛ッ……! ッあ、……ッ」
頭領の大きな口がガバッと開いたかと思うと──血を垂れ流す俺の傷口に、深く噛みついたからだ。
潰れかけた悲鳴が漏れた。
ゾブンと埋め込まれる牙が、鎖骨に当たってゴリッと生々しい音が鳴る。
爪で切り裂かれるよりも深くたくさんの鋭利な牙に剥き出しの中身を蹂躙され、喉の奥を引きつらせ俺は大きく痙攣するしかない。
「ッ、ッ……ッヒ……」
──痛い、痛い、痛い……ッ!
目の奥がチカチカと点滅する。思考が痛みに支配されてままならない。肩がもげそうだ。関節が外れたかもしれない。
それほど痛いのだ。
同じ吸血であるはずなのに……アイツとは全然違う。
これが吸血だと言うのなら、指先にすら牙を立てるのを躊躇していた不器用で優しいアイツの牙は、まるで子猫の甘噛みだ。
あんなに羞恥を煽るアゼルの毒がいかに危機感を麻痺させる鎮痛剤だったかが、骨身に染みてよくわかる。
ジュル、ジュル、と血液をすすられる感覚に総毛立ちながら、恋しい男を思い出して痛む無傷の胸。
狼型の吸血鬼であるアゼルと違い、彼は本来は吸血をする魔族ではないのだろう。
頭領の牙はノコギリのように生え揃っていて、全てが見境なく食い込み、酷く神経を切り裂く。
無差別に開けられた飲み口から受けきれない血が襟口をしとどに濡らし、ドプドプと赤い命がこぼれ落ちた。
「ハッ……ハッ……」
失血に朦朧としながらも、俺は必死に呼吸をして痛みを逃し、意識を強く持つ。
背中で縛られた腕をよじってどうにか抜け出そうと足掻き、手のひらが合わさるように腕の向きを変えてグリグリと引っ張ると、少しずつ腕が抜け始めた。
頭領は俺の血をすすることに夢中で、気がついていない。
次は自分たちの番だと思っているのか、魚人たちも浮かれた頭でニヤニヤとこの光景を眺めているだけで、俺のかすかな動きには気がついていないようだ。
大量の出血と痛みに霞がかって、焦点が合わない視界をなんとか酷使する。
頭領の腰に、剣があるのが見えた。
「ハッ、うめぇなぁお前。血だけ食うなんて趣味じゃねぇが……売る気がなけりゃ、肉を食らってやったぜ」
「っく……はっ……はっ……」
ずいぶんとすすられてしまったあと、ようやくズル、と牙が抜かれ、血に濡れた傷口が晒される。
真っ赤になった口元を歪め、頭領はぐったりと力なく揺れる俺を嘲笑った。
腕の縄が──ポトリと落ちる。
「っふ」
「ッ!」
その一瞬の隙だ。
パッと弾かれたように無事な左手を素早く撚って無理な体勢で頭領の剣を奪い、鞘から乱暴に引き抜きながら、俺を掴む腕をスッパリと切りつけた。
久しぶりに握った剣で放った斬撃は、地面に足をつけていないために勢い付けきれない。
丸太のような腕に些かの傷をつけて、宙吊りだった俺を解放しただけだ。
それでも、十分。
傷を負った体が重力の赴くまま床に叩きつけられる前に軸をねじって勢いを殺し、ゴロゴロと部屋のすみに転がる。
「ッく、はっ、はぁ……っ」
当然のようにそれだけで、貧血の体はあっけなく意識を失いそうだ。
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