14 / 30
融解コンプレックス(1)
14
しおりを挟む◇ ◇ ◇
寒々しいキッチンであろうともそう長くは火の元に近寄れない雪は、あまり凝った火を使う料理は作れない。
直の両親が直のために用意しておいたのだろうクリスマスディナーを発見し、それをコトコト温めて、電子レンジをチーンとするくらいだ。
チーンとした骨付きチキンを熱が伝わらないようにタオルで包んで持ち、おっとっととテーブルに乗せる。
クリームロールキャベツは焦げつかない程度に様子を見つつ、離れたところからそっと観察。
湯気で少し顔が溶けた。
冷凍庫に顔を突っ込んで事なきを得た。
その他にもサラダを盛ってクルトンとドレッシングをかけて、バゲットを焼き、雪は直のディナーを用意した。
浴室の電気がついているので直はまだ風呂に入っているらしい。
降りてくるのが遅かったが、着替えの下着でも見つからなかったのだろうか。
「ちょい抜けとるからなぁ……」
いつものことかと納得して、雪は室内で気温の低い窓際の床にストンと座り込んだ。
カーテンの裏側に入って窓を背に体育座りし、ポチと電源ボタンを押してメッセージアプリを開く。
「……ともくん」
胸の痛んだ名前──元・恋人の名前を見つけて、無意識に呟いた。
秋の初めにそういう掲示板で知り合って、何度か会ううち彼が雪に好きだと告白したことが交際のきっかけである。
その時はずっと雪、雪と甘えてきてとてもかわいらしく、大事にしたくて、ずっとこうしていられたらいいのになと、雪は確かに彼が大好きだったのだ。
けれどずっといっしょにいたいと思うくらい愛してしまうと、雪は続かない可能性を考えて、臆病になってしまう。
触れるのが怖くて手を引いてしまい、相手の顔色を伺ってヘラヘラと笑うことしかできなくなる。
そうなると彼にとって、雪はつまらない相手になってしまったのだろう。
そして雪にとっても、彼は嫌われたくない相手になってしまった。
しかしうずくまって怯えていた雪より次の相手を見つけて笑っていた彼は、ずっと強かで素敵な人な気がする。
そう思うと〝この恋はいい恋だった〟と、さよならのあり方を変えられたのだ。
『ユキくんは、僕のこと好きなん?』
「ちゃんと好きやったよ。俺の服の裾をつまむ手が、かわいくって愛しかったわ」
あはは、とニマニマ笑って、雪は彼の連絡先をトン、と消した。
彼は冷たい雪を抱きしめてはくれなかったけれど、服の裾をつまんでいっしょに歩いてくれた人。
引き止めもしない雪を一瞥して背を向けたのは、雪の中に彼への未練を残さないためだったのかもしれない。愛せなくなったなりに、きっぱり捨ててくれた。
──だって一度は愛した人だから、雪は嫌いにはなれないのである。
溶けた心は素直にそれを認めて、もう彼を僻む気持ちも恨む気持ちもうまく昇華できて、穏やかだった。
胸の痛まない画面に視線を落とし、雪は目的のグループに入ってメッセージを打つ。
酔っ払って寝ているだろう友人たちへ送るメッセージ。
『俺もお前らのこと、めっちゃ大好きやで』
背を向けて聞こえないフリをした自分も、素直な気持ちをきちんと返さないと。
直接言うのは小っ恥ずかしいので、ここで言うのは大目に見てほしい。
送ってからやはり気恥ずかしくてとっととアプリを閉じた。
12
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
【完結】もう一度恋に落ちる運命
grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。
そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…?
【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】
※攻め視点で1話完結の短い話です。
※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる