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3.もう一番目じゃいられない
03
しおりを挟む──走って、走って、走って。
もつれそうな足を必死に動かし、破裂寸前まで鼓動する心臓をせっつきながら、朝五は自分の頭を独り占めしてやまない男の住処を目指す。
『おまえんちのじゅうしょおしえて』
変換すら惜しんで送ったメッセージは、たった数十秒で返答された。好きな食べ物という質問には一ヶ月も返せなかったくせに。
朝五の気持ちは急いて、それ以上のやりとりを重ねる時間すら惜しんだ。
事前の連絡。
訪問がはばかられる夜更け。
常識が思考からすっぽりと抜け落ちている。それほど我慢できなかった。理由がわかったのなら、一秒だって立ち止まれない。
──早く。早く。
──早く会いに行かなきゃ。
人気の少ない駅の構内をあわただしく抜ける。駅員の痛い視線には気づかない。
到着。発車。到着。
ドアの開閉速度をこれほどもどかしく思うなんて、思いもよらなかった。
夜鳥の最寄り駅の改札から飛び出して、肺を酷使しながらなおも進む。
「はっ……はっ……はっ……」
なんだか、泣きそうだ。
それでも求めずにはいられない。
どうしてこんなに焦っているのかも、自分には理解できていなかった。
ただ気持ちの赴くままに駆け抜け、冬に片足がかかった寒々しい夜に汗を滴らせる。
そうして走り続けた朝五が夜鳥のアパートの階段を二段飛ばしに上ると、彼の部屋の前に人影がうずくまっているのが見えた。
近づくにつれて、タンタン、タン、タン……、と朝五の足がリズムを変える。
人影──夜鳥の前で膝を折った朝五は、乾ききって喉にへばりつく唾液を、吐きそうになりながら飲み込んだ。
どうして夜鳥がうずくまっているのだろうか。住所を聞いただけで、会いに行くとは言っていない。
──まさか、俺が会ってない間になんかあったとか……?
「あの、よ、夜鳥、俺……」
駆け抜けていた気持ちが夜鳥への心配と混ざり、かける言葉に迷う。
けれどほうじ茶色の頭がもたげられ、憔悴した双眸が朝五を映した途端──目の奥がカッと熱く沸騰し、朝五は勢いよくその場に手をついて頭を下げた。
「十三年前から今までの数々の失礼、大変申し訳ございませんでしたッ!」
「っえ……?」
思い切り土下座したせいで、額はゴッ! とコンクリートへ強かに出会い、夜鳥には見えていないが伏せた表情が苦悶に変わる。
静まり返っていたアパートの廊下に朝五の謝罪は、大きく木霊した。
けれど木霊が止んでも、夜鳥の反応がない。実にお間抜けだ。朝五は今更現在時刻と場所を思い出し、慌てて喉を絞る。
「せ……せいちゃんのことは覚えてた。でも、十三年前の告白はちっとも覚えてねんだ……せいちゃんのこと、山の精的な、ファンタジーなもんだと思ってたし……それに、俺はゲイだからさ……」
情けない懺悔だ。
男が好きな朝五が、女の子のように小柄で色白で愛らしかった幼い夜鳥に、恋愛感情を抱くわけがない。
「お前に一番大好きって言った俺は、お前のこと、特別な好きじゃなかった。……簡単に、忘れるくらいに」
燃え上がる心臓が大きく鐘を打つ。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「この二週間、俺はずっとお前のことばっか考えてた」
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