19 / 42
2.バカにされては笑えない
11
しおりを挟む不安なのだろう。それは恋に不慣れな頃の朝五にも覚えがある。
好きな人の反応が怖くて、動けない。
そう言っていることを理解すると、少しずつ、夜鳥の言葉が朝五の鼓膜からなにかを伝い、心とやらに染み渡っていく。
下手くそに紡がれるそれは──朝五が知らなかった男の話。
夜鳥 成太の心の話だ。
「メッセージは、気の利いた返事をネットで勉強したけどよくわからないし、自信がないから返せなくて、無視した。ごめん。朝五が悲しいなら、下手くそでも返せばよかった」
「電話は、会いたくなるから我慢したんだ。俺はまだ、いいカレシじゃなかったから……嫌になられないように、話すのが下手だって、隠したかった」
「俺って、ダサい。服も髪もこだわったことない。興味ないから」
「でも朝五はいつもカッコよくて、かわいくて、キレイだ。すごく」
「俺も見合わなきゃ。そう思って美容院に行った。店員さんに服を選んでもらって、デートのオススメスポットも聞いて調べた。行く場所は決めてたんだけど、一番朝五の好きそうなルートを前日まで考えてたから、誘うのがギリギリになったんだ。ごめん。俺、朝五がいつも決まった日を休みにしてるって知ってた。確信あったから甘えた」
「都合がいいなんて思ってない」
「来てくれるかどうか、ドキドキして眠れなかった」
「そうしたら俺、寝坊して……ちょうどの時間になったんだ。ほんとはもっと早く来たかった」
「早く朝五に、会いたかった」
透明だった夜鳥の声。
けれどその透明に夜鳥の本心の色がつくと、言の葉が聞こえるたび、朝五の不安は一枚ずつ晴れていった。
尻すぼみになる夜鳥の腕の中で、朝五は微かに身じろぐ。
バスローブの袖はしとどに濡れそぼり、目元は赤く擦れている。けれどもう、新しく濡れることはなかった。
「俺は、朝五に嘘は吐かない」
コク、と小さく頷く。
「好きな人に素敵なカレシだと思われたくて素敵な男の猿真似をしただけで、俺はちっとも、慣れている男じゃない」
もう一度頷く。
「朝五が泣くと、こんなに困る……」
「……ん」
嗚咽の止んだ朝五の体を抱きしめたまま、夜鳥は口元でスリと金の髪をなぞった。
「朝五……俺は朝五を引き止めたくて必死な、ただのダサい男だよ。ホテルに誘ったのは、体が目的だったわけじゃない。デートの最後はここが必須だって書いてあったから、男同士でもマストなんだと思ってただけ。朝五が断ろうとした時は、焦ったけど……」
「…………」
「朝五が嫌がるってことはデートは失敗したのか、って思ったんだ。ホント、ダメだ。自信ないから。一人で予行練習もしたのにな」
「予行、練習……?」
「うん。ラブホテルって、照明のスイッチ……変なところにあるんだね」
生真面目にそう言う夜鳥がおかしくて、朝五は「ふっ」と小さく噴き出した。
俯いていた顔をそっと上げる。
表情の変化が乏しい夜鳥だが仄かに頬が赤く染まり、情けなく眉がハの字に垂れ下がっていた。
隠していた予行練習を朝五に知られ恥じているらしい。今すぐ穴に埋まりたそうだ。
泣いた自分を前に煩わしがることも甘く慰めることもなく、オロオロと狼狽してまとまりのない自己弁護と懺悔をしていた夜鳥を思い出す。
どちらも手慣れた伊達男とはほど遠い。
詰めの甘い遊び人があれを演技でこなせるなら、今頃ハリウッドのレッドカーペットを歩いているだろう。
「夜鳥……」
「ん……?」
「ごめんよ……たくさん勘違いして、勝手に突っ走って……夜鳥のこと、酷いやつだって決めつけてごめんよ……八つ当たりしてごめんよ……被害妄想ぶちまけて俺が悪かったよ……ごめんよ……ごめん……」
ごめんよごめんよと繰り返した。ささめく声だが、されどはっきり朝五は謝る。
根はポジティブな朝五でも、フラれっぱなしでよくわからないことをされ、ずいぶんネガティブになっていた。タイミングが悪ければすれ違いは加速し傷をつけてしまう。だからごめんと謝る。
しかし反省する朝五に、夜鳥は「んーん」と首を横に振った。
10
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編8が完結しました!(2024.7.19)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
勝ち組の定義
鳴海
BL
北村には大学時代から付き合いのある後輩がいる。
この後輩、石原は女にモテるくせに、なぜかいつも長く続かずフラれてしまう。
そして、フラれるたびに北村を呼び出し、愚痴や泣き言を聞かせてくるのだ。
そんな北村は今日もまた石原から呼び出され、女の愚痴を聞かされていたのだが、
これまで思っていても気を使って言ってこなかったことの数々について
疲れていたせいで我慢ができず、洗いざらい言ってやることにしたのだった。
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
《 アルファ編 》 時を止めるって聖女の能力にしてもチートすぎるんじゃないんでしょうか?
南 玲子
恋愛
聖女として召喚されたけれども、まさかの魔力ゼロ判定で捨てられた少女、倉島 桜17歳。クラマとして男装し騎士訓練場で働き始め、そこで知り合ったユーリス騎士団5番隊隊長と、図書館で知り合ったアルフリード第一王子からの求愛を受けたり、王位争いにも巻き込まれてしまったりと大騒ぎ。なんとか王家に伝わる3種の宝飾で、危機一髪難を逃れた。本物の聖女である事を隠して、今もなお騎士訓練所の仕事と、セシリア子爵令嬢として王宮での淑女教育を掛け持ちする事になった私。宰相の行方不明だった姪のクリスティーナ様が出てきてから、雲行きが怪しくなってきて・・・。
もういい、こんな城、出て行ってやる!桜はまさかの家出決行!桜の夢、田舎でのんびり子沢山は実現するのか?!
アルファ編。分けて公開の予定でしたが、結局一挙に公開する事にしました。ごめんなさい。
【完結】推しとの同棲始めました!?
もわゆぬ
恋愛
お仕事と、推し事に充実した毎日を送っていた
佐藤 真理(マリー)は不慮の事故でまさかの異世界転移
やって来たのは大好きな漫画の世界。
ゲイル(最上の推し)に危ない所を救われて
あれよあれよと、同棲する事に!?
無自覚に甘やかしてくるゲイルや、精霊で氷狼のアレン。
このご恩はいずれ返させて頂きます
目指せ、独り立ち!
大好きだったこの世界でマリーは女神様チートとアロマで沢山の人に癒しを与える為奮闘します
✩カダール王国シリーズ 第一弾☆
異世界シンママ ~モブ顔シングルマザーと銀獅子将軍~
多摩ゆら
恋愛
「神様お星様。モブ顔アラサーバツイチ子持ちにドッキリイベントは望んでません!」
シングルマザーのケイは、娘のココと共にオケアノスという国に異世界転移してしまう。助けてくれたのは、銀獅子将軍と呼ばれるヴォルク侯爵。
異世界での仕事と子育てに奔走するシンママ介護士と、激渋イケオジ将軍との間に恋愛は成立するのか!?
・表紙イラストは蒼獅郎様、タイトルロゴは猫埜かきあげ様に制作していただきました。画像・文章ともAI学習禁止。
・ファンタジー世界ですが不思議要素はありません。
・※マークの話には性描写を含みます。苦手な方は読み飛ばしていただいても本筋に影響はありません。
・エブリスタにて恋愛ファンタジートレンドランキング最高1位獲得
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる