誰かの二番目じゃいられない

木樫

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2.バカにされては笑えない

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 ガチャリとドアを開いてバスルームから出た朝五は、ベッドに腰かけて待っていた夜鳥の前へ虚ろな歩みで進み出た。

 彼の前へ無防備にたどり着き、黙りこくって俯く。屠殺寸前の豚のようだ。


「朝五……?」

「別に、なんでもねーよ……ほら、好きにしてくださいな……」


 見上げるように朝五の顔を覗き込んだ夜鳥が目を丸め、一息声を失った。困惑したように朝五を呼ぶ。
 返事の代わりに、スンと鼻をすすった。両の手首を掴まれて再度名前を呼ばれるが、静かに瞬きをする。

 疲れた。もう疲れた。どうだっていい。

 疲弊と諦観。
 あとに残るは、若い悲憤だ。


「どうしたの? そんな顔で……」

「だって、わけわかんねーんだもんよ……でも、もういいわ……」

「わけわかんねーって……」

「そう。わけわかんねぇままでいい……ヤリたいならヤればいいし……からかってたいなら、からかえばいい、し」


 ゴロついた涙声。
 表面に溜まった潤みが集められ、瞬きと共に──頬を伝った。


「っ……」


 夜鳥が息を呑む。なぜ息を呑んだのかもわからない。言葉を紡ぐたびに涙が溢れ、頬がしとどに濡れていく。拭いたくとも両手首を掴まれたままで拭えない。

 喉の奥が、ヒクンとひっくり返る。


「お、俺さ……都合いい、んだろっ……?」
「えっ……?」


 ひっくり返った勢いで、声帯のそばで顔を出していた感情が、飛び出した。

 ビク、と夜鳥が震える。
 図星に見えて、自嘲気味に笑う。


「俺はバカだけど、一ヶ月も放置して、連絡つかなくてそれで突然誘われてなんとも思わないほど、バカじゃねーんだよ……」


 そうやって切り出してしまえば──……堰き止めていた悲鳴は、もう、朝五には止めようがなかった。


「俺が一番好きだって、簡単に言わないでくんない……っせめて最初から、ちゃんと向き合う気なんかねぇって言ってくれよ……っす、好きだって言っとけばアイツの恋人になれる。すぐ足開くし、男は楽だぜってっ……そう思われてきたこと、俺だって自分でわかってんだからさぁ……っ」


 止まらない感情の矛先がどこにあるのかすら、定まらない。

 朝五はポロポロとただ涙し、どうしようもない泣き言を声に出す。

 大人の男がみっともないだろう。
 わかっていても、自分の涙腺の締め方がわからなくなっている。


「俺のこと好きって言ってる人が、よくわかんねぇって、こ、怖いんだよっ……! 一番し、信じたい言葉だから、怖ぇんだ……っ! だからも、もういいから、全部嘘だと思うから、ちゃんと嘘だって言ってほしい……っ」


 本気で向き合ってくれとは言わない。

 その代わりに今の朝五は、信じたい気持ちを殺すための、確信が欲しい。

 それができないならもう何度目かの恋を失ったあの日の夜鳥には、一番欲しかったその言葉を朝五が聞く前に、けっして吐くことなく喉の奥で殺してほしかった。

 夜鳥はそうしてくれなかったのだから、朝五にとってはとんだオニ畜生だ。


「あ、あさご……」


 茫然と微かな声で朝五を呼ぶ夜鳥の顔が青ざめていることも、きっとフリだろう。


「夢だけ見せて、ほ、放置して、放置して……っそんでも、見た目変わって、変に慣れてて、説明しなくて、聞いても流す……っ俺がなにしても怒んなくて、拗ねても泣いてもどうでもよくて……っそ、そんなことしても、もういい……っ」

「あさご、朝五」

「全部嘘だって言ってくれればもういい……もう、いいんだぁ~……っ」


 決壊した心を抱いた朝五は、感情の奔流のままに啼泣した。




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