誰かの二番目じゃいられない

木樫

文字の大きさ
上 下
16 / 42
2.バカにされては笑えない

08

しおりを挟む


「シャワー、先に借りるね」

「……どーぞ」


 知らない背中がバスルームへ消え、残された朝五は、肩を丸くして項垂れた。

 自業自得だと、戒める。
 どうしてこんなに傷悲を感じているのか、頭ではわからなかった。

 夜鳥と付き合うことになった日。
 確かに傷心を慰めた夜鳥は、世界中を恨みがましく妬んでいた朝五があの瞬間に最も欲していた言葉を与えてくれた。

 言われたことがない告白の嵐。出会ったことがないタイプの人間。新鮮だ。
 確かに夜鳥はとても魅力的で、信じたくなるほど真っ直ぐに見えた。

 けれど、自分は夜鳥を愛しているわけじゃないはずである。好きだとも言っていない。これはそういう恋人関係。

 なら夜鳥が本気であればいいなと思ったことも、それが違って裏切られた気になっているのも、お門違いだろう。

 出会った日と今日の夜鳥。

 本当の姿はどちらなのだ。返ってこないメッセージと与えられる微笑み。矛盾のワケは、なんなのだ。

 ──こいつのこと、ちゃんと知りたい。

 そう思ってしまったから、朝五ははっきりと断ることもできた夜鳥の恋人理論に頷き、見極めようと今日のデートにやってきた。

 その結果がこれなら、自分はいかにもバカな男じゃないか。


「朝五」

「うん……」


 渋滞する思考に押しつぶされそうになっていると、バスローブ姿の夜鳥が戻ってきた。次は自分だと心得ているので立ち上がる。

 すれ違いざま横目で伺った夜鳥はぼんやりした性格に似合わず、意外にも引き締まった身体をしていた。
 朝五の目には、そんな夜鳥が自分よりずっと引く手あまたの遊び人に見えた。

 服を脱いでバスルームに入り、身を清める。交わる部分は入念に。しかし気持ちはどこか宙に浮いている。


「……勝手に浮かれて、バカみてぇ……」


 濁った水が回転しながら排水溝に流れていくように、朝五の思考も落ちていく。

 遊び人の夜鳥は、おめおめと恋人に捨てられた朝五が食べ頃の獲物だと感じたのだろう。
 手慣れたデートで楽しませて餌を与え、ベッドに誘って肉欲を満たせばいい。朝五が拗ねようが気落ちしようが関係ない。

 連絡は返さないくせに、ちゃっかりホテルには連れ込むふしだらな男。

 そう割り切れば、朝五もいちいち本気になって愛だの恋だの考えなくて済む。

 孝則も、夜鳥も、朝五に好きだと言う人間は、朝五がそういうオモチャに見えているに違いない。どこかで雑に扱ってもいい人間だと、都合をつけられた。

 それならもう、好き勝手にすればいい。

 どうせ自分は、いつも二番目以下。
 誰かの一番じゃ、いられないのだろう。


「ふ……ちくしょう……ぅ……」


 ズクン、と心臓が面倒な鼓動を刻む。頭からシャアアアア……と降り注ぐシャワーの湯が熱すぎて、うっかり喉の奥が裏返りそうだ。

 ──俺はバカなんだから……夢なら夢だって言われないと、わかんねぇだろ。

 朝五は表情筋をくしゃくしゃに潰して、投げ売りの体を洗った。唇を痛いくらい噛み締めるが、無念が晴れずに満ちていく。

 今から自分は、都合よく抱かれるのだ。

 そう思うと、もう我慢ができなくなり、不定形な栓が壊れてしまった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...