誰かの二番目じゃいられない

木樫

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2.バカにされては笑えない

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 朝五の眉間に深い谷が刻まれる。

 今更連絡をしてくるとはどういう了見なのだろうか。それもずいぶん失礼な内容だ。
 なんの用か知らないが前日の深夜に誘うなんて、朝五の予定を考えていない身勝手な所業である。

 伝達事項は時間と場所だけ。
 目的も不明。

 業務連絡かよ、と腹立たしさすら覚える。これまで冷ややかだった報復に、無視してやろうかとスマホを閉じかけた。


『デートしよう』

「…………」


 けれど、続いて送られたメッセージに、朝五はピタリと手を止める。


「はー……一応、まだ恋人だと思われてるってわけですか……」

「都合のいい男」

「プライバシー!」


 いつの間にやら帰り支度をして背後に立っていた文紀から言葉で刺され、ギャンと吠えた。

 バカらしいと呆れた視線で嬲られたって朝五はぐうの音も出ない。いそいそと立ち上がり、愛用のバックパックを背負う。


「はぁ……ヤリ目だったらアソコ潰せよ」

「俺まだ行くって言ってなくねっ?」

「俺は連絡マメだぜ。悲報待ってる」

「朗報を待ってくんねぇかなぁ~っ」


 散々な言いようでも気にはかけてくれている友人に弄られながら、朝五は夜鳥に答えを返した。


  ◇ ◇ ◇


 デート当日。

 おろしたてのシャツと、お気に入りのブルゾン。
 柔らかい生地でも足が綺麗に見えるスラックスに、攻撃力高めの重いローファー。

 そんな戦闘服に身を包んで決闘に臨んだ朝五は、十時少し前に待ち合わせの駅に到着してからできるだけ威圧的に佇んでいた。

 夜鳥を許してやったわけじゃない。
 たまたま講義がなかっただけだ。

 月のうち数日は講義のない日を作り、自分一人だけで楽しむ自由な日と決めている。

 今日が偶然その日だったので、打って変わってドライに枯れた夜鳥の本心でも探ってやろうという腹積もりなのであった。


「朝五」


 不機嫌をわかりやすく表に出している朝五を呼ぶ、お待ちかねの音。


「お前さ、……へ?」


 十時ちょうどにかけられた声を睨むように振り向いた朝五は、そのまま勢いを失いポカンと佇んだ。

 間抜けな朝五の視線の先には、予想を少し──いや、大いに裏切った姿の夜鳥があった。

 毎度おなじみと化した薄い微笑みがなじみなくよく見える。

 トレードマークとも言えるほうじ茶色の髪が、若者らしいマッシュショートに整えられていたからだ。適度に遊ばせた清潔感のある短髪は、以前の野暮ったい印象がない。

 それだけではない。
 服装だって朝五の知る夜鳥とは違った。
 シンプルなシャツにジーンズ姿だったはずが、今は違う。

 ベージュのコーチジャケットに白のパーカー。黒のスキニーはスラリと伸びる足を美しく魅せる。スニーカーの差し色もしゃれていた。

 服装に気を遣う人間のこなれ感。
 メンズファッション誌のスナップショットに掲載されていても違和感はない。

 それらは頭一つ高さの抜きんでたスタイルもあり、実に似合って見えた。

 まるで、知らない男に見えるほどに。


「…………」

「待った? ごめんね。もっと早く来ればよかった。俺は朝五へのお詫びに、なにかできることがある?」


 混乱して黙り込む朝五に、変わり果てた雰囲気の夜鳥が出会った時から変わらない態度で小首を傾げる。

 不安と憤慨に矛盾が落とされる。


「……別に、なんもねーし。どこ連れてく気か知んねーけど、行くならさっさと連れてってちょーだい」


 勢いをそがれた朝五は言いたかったことを忘れてしまい、ふくれ面のままそっぽを向いた。

 夜鳥は「うん。怒んないでくれて、ありがと」と笑う。
 それが酷く、胸をいたぶった。




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