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第十話 人の心、クズ知らず。
28【完】
しおりを挟む眠気眼を何度か瞬かせた。
夢のような思考ももう終わり。
そろそろ目が覚めてきたようだ。
遮光カーテンのせいで、隙間から差し込む朝日以外は黒く染まった部屋。
これまでの俺なら、このカーテンを自主的に開けることなんてなかった。
けれど今は、そっと手を伸ばして、厚手のカーテンをシャ、と引く。
昨日お泊まりしたショーゴとキョースケが起きた時、部屋が暗いと気分が悪くなるかもしれない。
そうなったらよくないと思った。
それだけの動機。
「──……あ」
だけど。
振り返るとともに、吐息が漏れる。
大きな窓からめいっぱい取り込まれた朝日に照らされた寝顔が、俺が想像していた二人だけではなかったから。
「いつきたのかしら」
そこには窓際で寝る癖のある俺をあの物静かなドアから守るように──タツキ、アヤヒサ、ハルの三人がいつの間にやらベッドで各々丸くなっていた。
ぷっ、と軽く噴き出す。
窓に背を向けて膝を抱え、薄く笑いながらそれらをじっくり眺める。
今日は土曜日。
日曜日と揃って休みの日。
誰の担当日でもない休日は、コイツらの誰がいつ会いに来ようがいつ帰ろうがバルコニーから突き落とそうが監禁独占しようがなにもしなかろうが、全てコイツらの自由な日である。
だからと言って、まさか夜が明ける前に集まらなくてもいいと思うが。
自分の価値に未だ確固たるものを感じられない俺からすると理解が及ばない行動だけど、そこを置いておくと、仕方ない流れなのかもしれない。
いわゆる常識的なショーゴとキョースケならそうしないかもしれないのに、その二人はもともとここにいて、いわゆる常識外れなハルとアヤヒサとタツキは、ここにいなかったわけだ。
そんじゃ、外れた三人がベッドに集まってもしゃーねぇよな。
あどけない寝顔を晒して眠る五人の恋人たちが、まるで巣にこもる子ネズミのように団子になっていたって構わない。
むしろ、いいと思う。
だって──……愛しい。
「……ン……」
コテ、と抱えた膝に頬をあてがい、瞬きを一度、二度、三度。
するとそれだけ重ねてやっととばかりに、目の縁あたりからくすぐったい細動を感じて、ずいぶん野暮なものだなぁ、と口に出さずごちた。
心臓のあたりが絞られる。
まつ毛が湿って、唇が震える。
妙にまぶたが上げにくい。
ああ──また俺の中で答えを知らないものが生まれた。
なんでもない瞬きを惜しむなんて、この感情がなんなのか、わからない。
ずっとこの時間が続けばいいと、祈る心の名が、わからない。
愚かなクズにはわからない。
人の心が、わからない。
でも、悪くはなかった。
ずっとずっと、ずっとこの五つの寝顔を眺めていたいと感じる衝動の赴くまま、一心に見つめ続ける。
するとそのうちモゾリ、と一つが身じろいで、気だるげな体をどうにかこうにか起こした。朝日のおかげで目が覚めたらしい。
「オハヨウ」
朝の挨拶をすると、俺の声を受け取った男が、寝起きの頭で発生源を探し、キョロキョロと視線をうろつかせる。
澄んだ瞳が、俺を見つける。
交わる視線。
夏のビー玉のように安らぎ、信じ、優しく、愛らしく、切なげなその瞳に映った俺は、薄い笑みを浮かべたまま、キョトンと首を傾げた。
「あれ? ──『オハヨウ』って『アイシテル』だったっけ」
──人が囁く〝愛してる〟と同じものをただの挨拶にすら込めてしまうほど、恋が下手くそな出来損ないのクズ。
そんな歪な人間だから、今後いくつも胸に生まれていくだろう感情の名を、きっと生涯知ることはない。
愛の正しい、表し方を。
心のこもった、泣き方を。
人間らしい──生き方を。
知らないからこそ恋しがり、今日も明日も、四苦八苦しながら手を尽くして愛し続けて生きていくのだ。
それが息吹咲野を人間にする、この世でたった一つの方法なのである。
──人の心、クズ知らず。
了
(あとがき→)
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