人の心、クズ知らず。

木樫

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第十話 人の心、クズ知らず。

26(side今日助)

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  ◇ ◇ ◇


 金曜日を三人で楽しむことに決まったあとは、三人で買い物をしてから咲の家へ集まることになった。

 夕飯のメニューを決める時、咲は本当になんでも「うん、イイネ」としか言わなかったので翔瑚と二人で献立を立てる。

 こういうことは翔瑚のほうがうまい。夏の暑さを払いつつ栄養面も考えた献立を簡単に立ててしまった。

 今夜のメニュー。
 夏野菜たっぷりの冷しゃぶサラダに鶏肉のピカタ。わかめとキュウリとシラスの酢の物。食後のアイスは一人一つまでとする。

 これがポンと。凄いよなぁ。

 俺も栄養の知識はあるけれど金がないからいつも似たようなメニューばかりで、安い素材のレシピに偏っちまう。あと見栄えもあんま気にしてなくてさ。

 翔瑚は彩り豊かで食材や調理法も被らないメニューがすぐに出る。

 買い物しながら、俺が酢の物に入れる魚介類をいつもケチる話をすると、翔瑚は「代わりにチクワやカニカマを入れると安くて美味いぞ」と笑った。

 貧乏であることを笑うことも憐れむこともなくワンポイントアドバイス。

 うん、会社での翔瑚はイイ先輩なんだろうな。
 やっぱり気が合うと笑い返した。

 俺と翔瑚が食材を集めている間、食に頓着のない咲は自由に動き、生け簀の魚と睨めっこをしていた。

 一応、咲なりに庶民派スーパーを楽しんでいるらしい。

 鮮魚がそんな珍しいのか?
 うーん……確かにタワマン住まいのお金持ち出身じゃそんな機会なさそうだ。見たの初めてだったのかも。

 咲は変なところが子どもっぽい。ちょっとかわいいと思ったのはご愛嬌。

 たぶん隣で和む翔瑚も同じ気持ちなのだろう。はは、今度のデートで釣り堀にでも連れて行ってあげようかな。


「さーき」

「あ?」

「翔瑚と酢の物に入れる具材の話してたんだけど、咲はなんか入れたいものあるか? ほら、タコとかカニカマとか」

「ごはん」

「「…………」」


 直後。静かに顔を見合わせたあと、同時に似たような苦笑いを浮かべた俺と翔瑚であった。




 それから買い物を終えて、俺たちは無事咲の部屋に到着した。

 歩いて帰ったから汗をかいた。
 フルオープンのドアを開いて男三人、まごまごと靴を脱ぐ。

 一番に靴を脱ぎ捨てた咲がドスドスと大股で廊下を進む足音を聞きながら、俺たちも靴を脱いで中に上がる。

 エコバックを手に廊下を進むと、なにやらゴウンゴウンと洗濯機が動く音が聞こえた。しかも微かに「42℃で給湯します」と機械音声も聞こえる。

 俺と翔瑚は首を傾げつつも廊下を歩き、ひとまずリビングに入りキッチンへエコバックを置いた。

 二人、無言で見つめ合う。
 なぜか嫌な予感しかしない。

 開けっ放しのリビングのドアに視線をやって待つと、しばらくして下着一枚の咲が洗面所からバンッ! と現れた。

 そしてウロウロとリビングにやってきた咲は、買い物袋を解体し始める。

 このかん、約十分。
 水分及び肌色成分多めの咲。

 あぁ、風呂に入っていたんだな。湯に浸かったなら早すぎるしシャワーか。じゃあなんで溜めたんだ。廊下が足跡だらけだぜ。お前はパンイチだぜ。

 パンイチなのに俺があげたピアスと翔瑚の時計は着けているあたりに胸キュンする──じゃなくて!


「……っいけないっ!」

「廊下が濡れる!」


 超展開に呆然とした俺と翔瑚は、ハッ! と声を上げ、各々が弾かれたように動いた。

 俺はドライヤーとバスタオル、翔瑚は廊下を拭きつつ部屋着を抱えて、気まぐれニャンコな咲に飛びつく。


「な、なんで風呂に湯を溜めたのにシャワーなんだ……!? というかなぜなんの予兆もなくシャワーなんだ……!?」

「ン? 風呂の湯はお前らは湯船入るかなって。俺は入んないけど。シャワーは浴びようって思ったから浴びた。なんかベタベタしてっから」

「お、おお……湯船、うん。暑かったからな。うん。ありがとうな」


 手早く咲に服を着せる翔瑚は、咲のマイペースの中に埋もれた気遣いを発掘してジワリと頬を染めた。

 俺の目には、バスタオルで髪と体を拭く翔瑚が見えない尻尾をパッタパッタと振っている様がよく見える。

 くっ、翔瑚は犬系だからな……!
 咲の恋人で犬っぽい翔瑚と社長は、咲に忠実でいけない。

 賢く警戒心の強い番犬タイプの社長がワイマラナーで、翔瑚は人懐こいが忍耐強くストレスを溜めやすいグレーハウンドといったところか。


「うん、うん。それはいいんだけれど、服は着ないと風邪を引くし、せめて前もって言ってくれると嬉しいなー……!」


 どちらにせよ咲に丸め込まれるわけだが、ブオオオンッ、とドライヤーを稼働させて咲の髪を乾かす俺はしっかり物申すぜ。

 首を傾げられても、言わねば。
 
 というか普段は水分が邪魔くさいってちゃんと拭いてから出てくるのに、今日は濡れ鼠で出てきた意味がわからない。

 カラスの行水だし、シャワーはそんな慌てて浴びることねーと思うぞ。

 そう思って進言する俺に、首を傾げた咲は「ありゃ? なんで?」と不思議そうに呟いた。


「俺がシャワー行こうが行くまいがお前らは縛られてなくね? 一分一秒お前らは好きにしたらいーじゃん。俺が風邪引いてもお前らは引かねーしさ。そこ連動してねーもん。でも、ショーゴとキョースケが言ってほしいなら、これからは言うかにゃ。──じゃ。俺は今から、噛みつきます」

「「ン゛……ッ!?」」


 そう言って笑う咲は、同時に俺と翔瑚を抱き寄せ、順に頬を強く噛んだ。

 ──残念ながら、前もって言われたところで理解できないこともある。


「うふふ。俺は、お前らとあんまり離れてんのやだから、早めに出てきたワケですが……そうすっと二人揃って引っ付いてくれんなら、次からゆっくり入って、全裸で出てくることにすんよ」


 笑う恋人に、歯型のついた真っ赤な頬をひきつらせて──木曜日の男と金曜日の男はビシリと硬直するのであった。





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