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第十話 人の心、クズ知らず。
24(side翔瑚)
しおりを挟むはぁ……ぁぁ……本当なら昨日は咲とナイトプールに行って少しお酒を飲みながらまったりと過ごす予定だったのに……。
「俺は昨日、終電がないからタクシーで帰ってソファーで寝落ちした……朝にシャワーを浴びて……買い置きの十秒メシを口にくわえて代わり映えなくガタンゴトンと……くぅ……っ」
予定していた夢と現実のギャップに引きずられ、体にかかる重力がドヨヨンと倍増する。辛い。
──ああ、咲に会いたいなぁ。
そんなことを考えながら、粛々と帰宅のために足を進めていた時。
「ショーウーゴー」
「っ!?」
突然グッと背後から白い腕に抱き寄せられた俺は、ビクッ! と盛大に肩を跳ねさせ全身が硬直した。
心臓が口から出そうだ。
ショックをどうにか奮い立たせていた仕事スイッチが切れた今、完全に油断していたのだ。
しかも聞き覚えがあって。
間違いない腕で。
体を抱き寄せる愛しい腕とその声に、俺はギギギと錆びたブリキ人形さながらの動きで振り向く。
「野良犬みてぇにトボトボしちゃって、どしたの? ショーゴちゃん」
「さ、咲……っ!」
案の定──そこにいたのは今しがた切望した恋人、息吹咲野だった。
認識と同時にトクン、と驚き由来以外の胸の高鳴りを感じる。
顔がニヤけた自覚があった。
打って変わって歓喜に満ちる胸。我ながらちょっとかんたん過ぎるぞ。
「仕事帰りか? 翔瑚。一週間お疲れ様だな~」
「今日助」
そんな俺に、咲の隣からもう一つひょっこりと挨拶が投げられる。
親しみマックスの笑顔を浮かべる七つ年下の男、生多今日助だ。
この今日助は癖の強い咲の恋人たちの中で一番優しく一番面倒見がよくて一番穏やかな爽やか男子である。
俺的にも一番安心する子だぞ。
年下なのだが妙に癒し系で、今日助相手だとつい気が抜けてしまう。
非の打ち所のないかと思うとそうでもなく、咲曰く強烈なダメンズホイホイらしい。……なんとなくわかる気がする。オーラがなんかこう、な。
俺は心の中で、ひそかに今日助を母親担当と仮定していた。
俺はたぶん次男担当だな。
力関係だけで言うとだが。
冷徹冷静無関心なそつのないエリート社長こと忠谷池さんは、父親担当。
父との関係は良好だと思う。
しかし長男の野山くんにはいつの間にやら〝チャーハンの恨み〟というものを買っていたようで、妙に尖ったオーラを感じる。怖い。辛い。
末っ子の蛇月とは仲良しだ。
そして咲は……うん、家族みんなに愛される飼い猫ポジションかな。
そのお猫様は今日助と手を繋ぎながら肩に回していた手を滑らせ、絶賛俺の脇腹を暇つぶしになでていた。
「ぅひぇ」
「説明は」
「ふぐ、っいや、きっ昨日咲と会えなかったから寂しがってただけ、だ。なっ、なにも問題はないっ」
「あーね。俺も寂しかったぜ」
シャツの上からなでていた手がボタンの隙間をまさぐり始めたので、慌てて質問に答える。
寂しかった、と咲の口から聞くと、体温が上がって頬が桃色に色づいた。だから。チョロすぎるぞ俺の体。
「お前のクリスマスプレゼント。あのグラス使ってお前のこと考えてたら、ボトル一本空けちゃってたわ」
「ンッ……」
そんな俺の内心なんて知る由もない咲は、緩慢な動きでしなだれかかり、耳元で囁いたあと、首筋に残る香水の香りをスン、と鼻先をくっつけて嗅ぐ。
くすぐったくて耳が震える。
あぁもう、どこまでも人間のツボを自然体でエグってくる咲め……!
「昨日、会えなかったのか?」
すると俺と咲を見守っていた今日助が、キョトンと首を傾げた。
「そ。オシゴトで俺の知らない誰かしらがミスったから、尻ぬぐいダッシュ」
「そっか……それじゃ、今夜は翔瑚も一緒に晩メシ食べようぜ」
「んっ?」
そして咲の説明を聞いたお母さん、じゃなくて今日助が、どういうわけかニカッ! と笑って甘い提案を投げた。
投げられた俺はポカンだ。
だがすぐに理解して首を振った。
「それはダメだ。今日は今日助が自分の恋人を独り占めできる素敵な日だろう? 俺が混ざると曜日を割り振った意味がない。金曜日は、今日助が咲の最優先なんだよ。申し出は嬉しかったけれど、俺に気を遣わず楽しんでこい。誘ってくれてありがとうな」
ニッコリ笑顔でキッパリ断った。
まったく、本当に優しい子だな。
どこまでも干したてフカフカの布団のようじゃあ少し心配になるぞ。
だって、今日助も俺と同じように、今日を楽しみにしていたんだろう?
なのに運悪く自分の番がダメだったからと言って割って入ると、今日助のスペシャルがなくなってしまう。
──咲の恋人たちの中で、俺と今日助の恋愛感覚は一般の範囲内。
俺たちはやっぱり恋人には自分を一番に愛してほしいし、自分が特別でありたく、自分だけを見ていてほしいと思って生きてきた。
今の関係は、これが咲だから、咲の価値観ごと愛しているだけだ。
範囲外の咲なりの愛を理解したい。
だから週に一回のスペシャルデーくらいは、自分基準の愛を咲に求めたいものじゃないか。
そう説明して分を弁える。
けれど今日助はなぜか余計にニマ~っと屈託なく笑い、俺の耳元へ両手を添えてヒソヒソと囁いた。
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