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第九話 サキと夢。
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しおりを挟むなんて悲惨な結末だろう。
クズがクズたる所以と言ってもいい強欲な生き様。スクラップの証明のような恋。
バカらしくも生まれた理由をただただ愛して捨てられた廃棄物がやっと人並みに生まれと無関係な人間を恋しがる感情を得たというのに、たった一人の特別を作れなかったなんて、とても美談とは言えないエンドだ。
マルく収まるわけがない。
理解される、わけがない。
せっかく指先に触れた世界が、ゴミを投げつけて俺を罵倒する。
嘘だ、有り得ない。選べないわけない。自己愛に溺れた守愛奴が。たくさんだなんて傲慢だ。強欲だ。エゴイストだ。
オマエはまた傷つける。
恋をしただけで傷つける。
だって、理解されるのか?
オマエの愛しいフツウの人間に。
文化やフィクションなんかじゃない。好きな相手なんてものじゃない。
なくちゃ生きられない相手という鉛のような重苦しい感情。
それを五人みんなが受け入れてくれるファンタジーを夢見て、ワタガシみたいな脳みそで自動音声みたいな音階の〝スキデスツキアッテクダサイ〟を奏られるのか?
「できれば、やりたくねぇなぁ……」
──傷つけると、痛いから。
きっかけは、ショーゴの涙。
誰より常識的なショーゴは、誰より俺がわからない。だから、わかった。
わからなければ泣くんだ。
俺の愛し方がバカで意味不明だったから、ショーゴは傷ついて、泣いたんだ。
一つを理解すると視界が少しクリアになって、俺に触れてくるやつらの温度を、顔を、声を、吐息を、感じられた。
めちゃくちゃに考えてたからかも。
タイミング良かったんだな。
いや、違うか。
ずっと触れていてくれたから、あの時もオマエらは、俺のそばにいたんだ。
そうして俺は、あのクリスマスイブとクリスマスのたった二日間で──たった一つの気づきの結末を、描いてしまった。
「俺の恋は生まれた理由だけ。俺はその愛し方しかできない。生命線をかける。でも俺の生命線は一本だけ。なのにオマエらは俺にとって、お父さんと同じだ」
「っ、……『相手に自分が必要ないから、そばに置いてもらう方法がわからない人』……?」
「あは、はなまる」
大正解の翻訳者なハルに甘い声で「死因も五倍になっちゃった」と囁くと、ハルは気が狂いそうな瞳に俺を映す。
簡単だろ? そんなシステム。
俺というものは、たった三つのプロセスで簡単に足場が崩れて簡単に存在を保てなくなる、簡単なガラクタだ。
一つ。五人同時に恋をした。
二つ。その五人は選べない。
「三つ。愛し方がわからない」
指を一本ずつ立ててわかりやすく説明する。言ってる意味がおかしいと思うかもしれないけれど、ハルならわかるから大丈夫。
「……『新しい恋を五つも自覚したところで、五人全員に許されるどころか一人たりとも普通の愛し方で愛せないから、不必要だ』」
ほらな、わかってくれる。
赤い髪が揺れて、震える唇がなにも言わなくても俺の求めに応じて翻訳した。
「咲は無駄に盲目だかんな。失恋してせっかく周りが見えるようになっても、捨てられた時点で、空飛んじまう」
「興味ねーから」
「でも死にそびれた。視界が開けて、俺に恋愛ゲームを吹っかけられて、五人の心当たりに気づいたけど……あの時にはもう、みんなお前のカケラだったんじゃねーの?」
「そう」
「だよな。盲目なお前が心当たるなら、多少なりとも手遅れだし。だからけしかけたのに……俺まで含めて、バカみてぇ。ンなもん、心音ですら気づかなかったじゃねぇか」
「ふ。俺も、わかんなかった。俺が死ぬの、ハルが嫌だって」
「うるせーよ。カケラがあったって、それが恋だって気づかなかったくせに」
「わかんねーよ。なんも」
「……付き合ってた時、初瀬を本気で愛したんだろ」
「うん」
「でも普通の範疇の愛し方なんかわからないお前は、初瀬の好きそうな傾向の一般論をかき集めて、分析して、それらしい男のモノマネをした。失敗した。傷つけた。自覚した。初瀬を本当に愛している。これが〝愛してる〟だ。それじゃあ、失恋した」
「結局ボロが出たみてえ。天然モノにはなれねーや。モノマネじゃアップデートできないし、些細な違いが、俺にはわからない」
「ならきっと一生繰り返す。そんな自分は、お前自身が、もう要らない」
「そう。では、バイバイ」
「っ……でもわかったんだろ? 生多を泣かせて、忠谷池を泣かせて、音待を泣かせて、八つ裂きにされる心の在り処と理由が」
「ああ、わかった」
「あの日のカケラが恋だった。お前は五分の一じゃなくて、かける五で愛した」
「俺には、愛する人が五人いる」
とつとつと語る。
完璧な翻訳の最後は、ちゃんと自分の言葉で、自分の声で締めくくった。
あの短い声だけでよくもここまで正確に聞き取れるものだ。
意味も意図もどれもだいたい間違いなく理解するハルは、他人の目から見てもまさしく唯一無二の愛の矛先に相応しいと思う。
でもダメなんだよな。
そこに理由なんかねんだ。
ここに来た不幸な少年が、何年経とうがまるでわからないショーゴでも、俺と真逆のキョースケでも、わからないまま従うタツキでも、わかっていようがいまいが関係ないアヤヒサでも、俺はきっと説明したから。
「愛してるがひとりじゃないって、普通じゃないんだよな。信じらんないんだよな」
「違う。俺は、お前のことはなんだって信じてやるよ。ただ世間的には、信じらんねぇだろうけどさ」
「わかってるよ。わかってるから消えたんだ。俺ももう、少しはわかった」
「…………『俺たちにすら理解されないだろうことはわかってる。それで父親のように嫌われて捨てられたり、傷つけるくらいなら、うまく愛することもできないのにいっちょ前に愛おしんだ分不相応な恋心ごと自分を消そう』」
「正解」
言葉が通じて、溺れるほど嬉しいと思った。
他人ならそうはならない。
恋しいと自覚した相手であるハルだからこそ、自分の言葉が伝わって嬉しい。
嬉しいという気持ちも、ようやくこれが嬉しいんだなとリアルに感じられるようになったのだ。嬉しかった記憶を、なぞるようになったから。
「なん、で……アイツらはともかく、俺はずっと友達だったろ……?」
けれど嬉しがる俺に頬をなでられるハルは、呆然とした様子で、やっとそれだけを口にした。
怒っているのか、ハルの頬は気の毒なほど赤く染まり、熟している。
凍え死に寸前で飢えきった俺はハルの体温で心を少し生き返らせられていて、その頬がとても美味しそうに見えた。
チュ、と軽く頬にキスをする。
瞬きをひとつ、惜しむように。
「っ……」
「アイツらはともかくって、なに? 俺、コレを自分の心臓にしようって、選べるタイプの生き方できねんだけど」
「そ、でも、なんで」
「なんでって……ゲームで、オマエをのけ者には……できなかったから」
「ゲー、ム」
「唯一無二を探すゲームならその対象にハルがいないと困る。十分、友達って名前を無関係にするドウキじゃねーの……?」
自信はないから、語尾は少し濁った。
俺よりも自信のなさそうなハルに、もう少し説明を付け足す。
勝手に好きんなってごめん。
俺も選べねんだ。そんな嫌がんねーで。きっと、明日は日曜日。
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