人の心、クズ知らず。

木樫

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第九話 サキと夢。

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  ◇ ◇ ◇


 パチ、とまぶたを開く。
 なんだか変な夢を見ていた気がするけれど、どうせ夢だ。意味なんてない。

 手のひらを目元に当ててみるが、湿り気なんて露いささかも感じなかった。そういうことだ。感じたこともない。

 視界に映る比較的綺麗な天井。
 センスは良くない。照明の形がゴテゴテしすぎて邪魔だな、といつも目が覚めた時に思っていた。

 ──ここは行き場のないクズが潰れたホテルに作り上げた楽園だ。

 そこに一つ、別荘を買った。
 正確には、貰った。

 いつかの彼女を欲しがったここのリーダーに勝手にどうぞと言うと、なぜか気に入られて代金だと譲られたものだ。

 俺はそこで、壊れたはずだった自分の感情の残りカスについて考えている。

 いやね。
 こんなのは、初めてだけどさ。

 自分で身を投げることも誰かに殺されることも許されなくなった俺には、この命の使い方がわからない。

 けれどもう元通りにはなれない。

 あそこにいるとアイツらがダメになる。
 なんとなく、それはとても良くないことだと思う。だから離れたし戻れないから、代わりに俺の身の置き場がなくなった。

 結果生まれた、心臓の誤作動。


「初めて、知ったのか、思い出したのか、わかんないけど……これ、いやだなぁ」


 ポツリとつぶやく。
 真昼間から地下に位置する狭い部屋でベッドに寝そべり、なにを考えているんだか。

 この掃き溜めのメンバーとして彼らの非道徳的で惰性的な行動の手助けをしつつ、自分の不具合を紐解いていく。

 今の俺の仕事は、それだけだ。
 ようするに雑用係で、研究者。クズの大出世。はい拍手。パチパチパチ。


「なぁにおはようソウソウに考え事しちゃってんの? ぶっ壊れちゃったさ~き」

「ん~?」


 完全な独り言に隣の男が反応し、モゾモゾとベッドの中で俺に絡みついてきた。

 不健康に痩せた体躯と傷んだ金髪。あけまくったボディピアスがトレードマークなこの男は、劉邦。ここのリーダー。

 ベッドと言ってももちろんお互い服を着ている。ま、健全な添い寝。これが俺の雑用だから。

 ここにいるのは、未来が嫌いな快楽主義者で行き場のないクズたちだ。

 だからこそただ話を聞いて触れてくれるだけの繋がりのない体温を欲しがっている。要するにイカレた甘えん坊の巣窟なのね。


「ちぇ~やっと俺らの仲間になったのに脳みそは全然くれねぇんだから~」

「うーん。脳みそ、バグってっかんなぁ」

「それは元々。今は溶けて死んじゃってんの。うひゃひゃっ」


 人を死体扱いするとか失礼すぎ。
 そう言うと「目がもう死んでる」と嬉し気に指摘された。仲間ができて嬉しいらしい。あはは。俺まだ全然生きてんだけど。


「俺、フツウのニンゲンなの」

「ソレ。ここきて何ヶ月ってのにずっとこだわってんじゃん?」

「そらにゃ~。フツウのニンゲンじゃなきゃ今お前の背骨へし折ってたし? 事実じゃね」

「ワァオ。フツウ万歳! 咲はフツウ~」

「初めからそう言ってんのに」


 ゴロリと寝返りを打って、怯えながら興奮する器用な劉邦の体を閉じ込めるように抱きしめてみる。

 ちょっと違うな、と思った。

 だって、アイツらの誰もここまで骨身じゃない。アイツらはもっと違うんだよ。

 まぶたを閉じて思い描く。
 最近はこうしてカケラの残滓を探すのが日課になっているのですぐになぞれる。

 一番体温が高いのはキョースケ。

 痩せ気味だけど筋肉質だし基本的に動いてるから割と常にあったかめ。
 抱き心地は硬くて筋っぽい。若干骨が浮いてる。骨盤とか。

 アヤヒサは一番見栄えがいいと思う。

 姿勢がいいからバランスが整ってて適度に筋肉もついてる。見せ筋? まぁ護身術も習ってるし多少は使えんのか。
 ただ体温と血圧は低め。二人とももっと飯を食うべきですね。

 そこと比べると、ショーゴとタツキはイイカンジ。健康的だしタフで肉付きもしっかりしてる。体温も平均だ。

 まぁタツキは少し白いケド。
 太陽光浴びねーで音楽室に閉じこもってっからだよ。夜型だからクマあって目付きも悪い。昼寝好きなのはいいとこかね。

 ショーゴはちょっとチョロさ減らして、不意打ち耐性付けろと思う。
 護身術くらいは会得しな。

 もう俺は、ショーゴを襲う通り魔をブロックで撲殺してあげらんねーんだ。




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