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第九話 サキと夢。
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しおりを挟む全然違うのに、キョースケは狂おしいくらい優しい声と手で俺の頭を抱く。
こらえきれなくなって頭を抱えた腕を振ると全てが消えて、俺はまた静かな闇でひとりぼっちになった。
なのに、ビクビクと体が震える。
次の刺激が予想できなくて、予想できないと理解できずに疲れてしまうから。
胸に詰めておいた砂が全て流れ出ると、知らんぷりができなくなるから。
そうして身を固める俺の背後から──しがみつくように大きく抱き着いて甘える、無邪気な熱の塊が襲った。
「タツキ、邪魔」
「なァ、俺は壊れた咲にも合わせるぜ」
「邪魔すんな」
「どんな形にもできるくらい変貌するってことは、俺の形は変わらないってことなんだから、俺はずっと変わらねぇの」
「形なんかどれでも一緒だわ」
「お前を愛する、俺のまま」
「反吐が出る」
「『知ってるよ。知ってたから、殺してくれと言ったことを取り消した』」
「ほんと、吐きそう」
「『刷り込みで懐いてるタツキが、思い込みの勘違いで死んでしまったら困る』」
「吐きそう」
「『クズな自分はどうでもいいけど、タツキはどうでもよくねぇんだ』」
「死にそう」
「『それじゃあ、俺がいなくなった世界のほうがアイツらみんなマトモに生きていけるって思うのは、当然だよな?』」
「狂いそう」
「『まぁ死ぬのも殺されるのも嫌がられたし、忘れられてからなら、許されそう』」
「崩れそう」
「『でも、忘れられるのは』」
「はは」
「『寂しいな』」
「あははっ!」
見当違いの言葉で罵倒されて、沸き上がる冷笑が抑えきれずに吹き出した。
声をあげて笑いながら、よろりと立ち上がる。
闇の中には誰もいない。
それでは、あれら全て夢があてつけた幻聴にすぎないということなのだ。
「あはっ、はっ、うふふ」
でないとおかしい。俺は寂しいなんて醜悪な感情は持ち合わせていない。会いたいなんて分不相応な願望は抱かない。
一歩踏み出す。
あてもなく笑いながら歩いていく。
一歩、二歩。繰り返す。
その何歩めかわからない歩みの途中で──ガツ、と足先がなにかにぶつかって止まった。
視線を下方へむける。ため気も出ない。ニヤ、と下品な笑みが溢れて仕方がない。
蹴り殺してやろうかと思ったが、ことこの五人にだけはどうしてかそれができない呪いがかかっている。厄介な拘束具だ。
「アヤヒサぁ。オマエ、ダケだなぁ。昔っから、呼んでもねぇのに離れねぇ。オマエはケッキョク、なにをしたって、戻ってきやがるの、なァ」
俺に背を向けて俯いているままのアヤヒサの背中に、嘲笑を浴びせかけた。
ありゃ、若干、壊れた? かも。
声のトーンが一定じゃなくなっている自分に、咳ばらいをして頬を叩く。
いつも通りの薄ら笑いを張りつけて、そうそう。よかった。まだマトモだ。
「あ、ハッ……アヤちゃん、ワルイコ」
アヤヒサの背中へヌルリと腕を回して、なまめかしく耳の裏に息を吹きかける。
硬く冷たい背中に同じような体をくっつけて、強く強く抱きしめた。
呪いのように重く、重なる。
どうして俺が、アヤヒサにだけは自分の中身を掻きまわして見せつけるのか。
理由は二つ。
最もタチの悪い卑怯者だから。
そして、ズルいから。
「ヒトに命じられるだけの存在はラクだねぇ? 命令を出してもらえる限り必要とされている。考えなくてもいい。賞味期限もない。従順であるだけで、そばにいられる……ンフフ、おバカさん」
チュ、と耳朶に唇を触れさせる。
柔らかく鼻梁で項までのラインをなぞり、無機質な香りを肺に取りこむ。
「……『俺はどれだけ考えたって、どれだけ頑張ったって、失っていく愛情を繋ぎ止めることはできなかったのに』」
喉仏を指先でくすぐった時、だんまりだったアヤヒサがポツリと呟いた。
「『アヤヒサは、お父さんに必要とされてて、いいなぁ』」
口角を歪ませて吊り上げる。
顎を取って上を向かせることで目を合わせると、甘えベタな子どもがよく見える。
アヤヒサは──静かに、泣いていた。
(──……あ)
胸の砂が、全て落ちきってしまう。
「大人になんて、ならなければよかった」
「…………こどもじゃいられないね」
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